テラーノベル
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……はぁ、疲れた。
久しぶりに会議に出たけれど、精神的に疲れた。
簡単に会議室を片付け、電気を消し、その部屋を後にすると「お疲れ」と、扉を開けて直ぐに声を掛けられるので「ひっ」と上擦った声が出た。
そこに居たのは旺くんだったので、短く安堵する。
「な、何してるんですか……」
「久々だったから、つい」
気まずそうに頭を搔く彼に、小さく会釈をする。
「……短い期間ですが宜しくお願いします」
「依愛、もう彼氏出来た?」
第一声でよくそんなこと言えるな。
こちらは他人行儀の様な挨拶しかできないって言うのに、簡単に心の内側を覗こうとする神経が分からない。
だから表情を崩すことなく小さく見上げた。
「……出来てないよ」
「ほんとに?最近、依愛の話よく聞くから」
なんの話しだろう。物凄く嫌な予感しかしないな。
「……本間さん、は?」
「居ないよ」
「そうですか」
「……まだ依愛の荷物も処分してない」
「どうして?」
「まだ依愛のこと、好きだから」
さらりと告げられる言葉でさえ未だに小さく心が疼く。なんて、情けない心臓なんだろう。
「……じゃあ、なんであんなことしてたの?」
「それは、依愛が俺の事本当に好きなのか分かんなかったから」
「干渉しない女がいいとか、面倒じゃない人が良いとか、そんな事を言ったのはそっちでしょ?」
「……それは」
「……企画のことを確認したいから、もう戻ります」
その身体の隙を滑るように身を捩って歩き出すと、その前に私の身体を深い影が覆った。
壁に手を付き、私を覆う一回り大きな身体。
胸が早鐘を打つけれど、それが悔しくて、抱き締めた書類をくしゃりと鳴らした。
「…………離れて」
「俺、まだ諦めない」
「……どうして?私はもう財布にならないよ」
「そんな事、もう二度としない」
「ごめん、信用が出来ない」
「じゃあ、見てて、俺の事」
聞きなれたその声が、耳元で揺れる。
なんで、そんな事を急に言うの?
男の人は勝手だ。
常葉くんといい、旺くんといい、理不尽なことを勝手に言って、人の心を勝手に揺さぶっておいて、また、都合よく扱うんでしょう?
……早く、逃げなきゃ。
もう、この人に惑わされたくもない。
ちょうど運良くエレベーターの音が聞こえると距離が離れるので、急いでその箱に乗った。
「荷物も今度、取りにおいでよ」
逸る気持ちで開閉ボタンを押しているのに、旺くんは手でその扉を堰き止めるので一向に閉じることは無い。
「……か、考えとく…」
「またね、依愛」
旺くんは不敵な笑みを浮べると、静かな音を鳴らして扉が閉まる。
……あんなに人気のある場所では呼んでくれなかったのに。
「……呼ばないでよ、もう、」
消えそうな声は小さな箱の中に閉じ込めた。
今日の分の仕事を捌き終えると、一旦事務課から離れて別の階へ移動した。
通い慣れていた営業課へ向かうと、「穂波さん、お久しぶりです」と昔の同僚から声を掛けられて、彼女の場所を案内してもらう。
「眞鍋さん」とその後ろ姿に声をかけると、「はい」
彼女は興味無さそうに振り向いた。
ぱっと見た感じ、机の上がすごく綺麗。整頓されていると言うよりも、仕事用の物がパソコン以外見当たらない。
「どちら様?」
くるんとカールされたまつ毛の乗る丸い瞳が私を見上げる。
「事務課の穂波と申します」
「穂波さん……ああ!皆んなが噂してる人だ。初めまして」
……いや、さっきいましたけどね。
しかも旺くんといい眞鍋さんといい、噂ってなんだ、どうして本人の耳には入ってこないんだ。
……友達がいないからか。
勝手に結論づけて悲しくなる。切ない気持ちは押し込めて、表情を消した。
「今回一緒に携わりますので、一度眞鍋さんと打ち合わせをしたいと思いまして。お時間宜しいですか?」
「はい!お願いします」
ハキハキと喋るその人と、部屋続きのミーティングルームへと足を運ぶ。
「それで、次の取引先の事はご存じですか?」
「それ、必要?」
「……必要ですね、」
「商品のことだけ知ってたらいいんじゃないですか?」
そう来るか……。
悪気がなさそうに彼女は上品に小首をかしげると、セミロングの茶色い髪の毛が綺麗に落ちる。
「……では、商品の事をお話していただけますか?」
「いいですよ、えっと、」
眞鍋さんは書類を手に取ると、ページを捲りゆっくりと探し当て、たどたどしく説明を始める。
キリがない。その書類を奪って、眞鍋さんを見つめた。
「せめて先方の会社と商品に関しては直ぐに説明できるようになりましょう」
基本的な事を今更言うと、彼女は不満を表情に乗せた。
「…私がしなくても誰かがしてくれますよね?」
「そうかもしれませんが、無知のまま挑むのは失礼に当たる行為です」
「だけど、部長たちも出るなら私が出る幕なさそう」
「そんなことはありません」
きっぱりと断言をすれば、彼女はさらに面白くなさそうな顔をして、綺麗に施された爪を眺めた。
「…お父さんに言って、私は外してもらおうかなー」
「なぜ、お父様がこのチームにあなたを参加させたのか、それを考えた方が宜しいかもしれませんね」
「考えても、今更周りも私を見る目変えないだろうし。あーあ、どうせなら受付が良かったなぁー」
これが本音なのだろう、彼女はさぞつまらなさそうに呟く。
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