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「入社した時は受付の枠なかったから事務に行ったけど、前の人寿退社しちゃったからその後柿原さん入ったでしょ?辞めるなら早めに言って欲しかったなー」
社長の娘だから、彼女のことは上層部はじめ、皆んなが目を瞑っている。
事務課で幾ら仕事が溜まっても、見過ごされて来たから、異動して直ぐの仕事量は今の比では無かった。
……誰も、何も言ってくれないんだろうな。
人から関心を持たれないのが、1番悲しいことだと思う。
自分に重ねてはいけないのに、我慢ならず口を開いた。
「お言葉ですが、眞鍋さんに柿原さんと同じ仕事が出来るとは思えませんよ」
冷たく言い放つと、「え?」と、彼女の瞳が見開かれた。
「彼女、全社員の名前や、取引先の会社の事もほぼすべて把握されてますよ」
「……それは、毎朝顔を合わせるなら当たり前だし、受付なら取引先の人と会う機会だって……」
「そうですか?先程私、企画会議に出ていましたがご存知でした?」
「……えーっと、会議に夢中だったから」
「なら、何も答える事が出来ないのはおかしいですね」
再度詰め寄ると、彼女の反論が消えた。
「……どうせ、わたしが頑張ったところで何も変わらないし」
しかし、不意にその瞳が伏し目がちになり、意味ありげな言葉を零した。
「どういう事ですか?」
「だって、お父さんは…」
眞鍋さんは何故か気まずそうに、言葉を選ぶので、「どうされました?」と、個人的に優しく諭すけれど、彼女は思い出したみたいに首を横に振った。
多分、この子も、色々抱えているんだろうな。
私の想像以上に、重圧だとか、期待だとか、そんなのがあるのかもしれない。
「眞鍋さん、周囲の目が変わるかどうかは、あなたの心構え次第です。私もサポートしますので、頑張りましょう」
寄り添う言葉を述べれば、彼女の目付きが少しだけ色を変えた。
「…見返したいんだよね」
「どなたを?」
「同期の常葉樹。あの男を見返したいの」
まさかその名を聞くとは思わず、一瞬にして喉が詰まる。
「な、なぜ……」
「どうしても」
唇を結び、ニコリともしない真鍋さんを見れば何か強い気持ちがある事は見て取れる。
だから私は、「分かりました」と、何とか頷いてみせた。
……どういう繋がりかな。
見返したいということは、昔、付き合ってたのかな?
眞鍋さん自身、やる気がない感じだと思ったのは最初だけで、多分、向上心のある素直な子だ。
短大卒でまだ若いし、顔立ちも可愛らしいし、常葉くんとも……
二人の姿を脳裏に映せば胸が嫌な音を鳴らした。それをかき消す様に、口を開く。
「頑張りましょう」
と、お腹から出した声は少しだけ震えた。
それからというもの、本業と並行して眞鍋さんの指導をする日々が続いた。
担当としては営業担当だし、部長も眞鍋さんのバックに付く社長の影を気にしてか事務の仕事はセーブしてくれている。
「大里さんとは一度、営業に行った方がいいですよ」
「でもあの人歩くの早いし」
「では早歩きで行きましょう」
口をすぼめて、「わかりましたぁ」と、あからさまに不貞腐れる眞鍋さんに「今度、聞きますからね」と、念を押し営業課のオフィスを後にする。
やって来たエレベーターで束の間の小休止。……となるはずが、既に乗り込んでいた人のお陰で気は休まらなかった。
「ちゃんと寝てんの?」
人の気も知らない彼は、特有の癖のある声で尋ねてくるので、胸の前で書類をぎゅっと握り締める。
「はい、人並みに」
「また遅い時間まで調べ物でもしてるんだろ」
「まぁ、そんなところです。でも好きでしていることなので」
「あんま、無理すんなよ」
なんだよそれ。急に優しくして、簡単に落ちると思っているのか。
「……ありがとうございます」
……諦めないとか、財布にしないとか、結局口先だけでその手に乗ったらすぐに手のひら返すのでしょう?
残念だったな、常葉くんに散々御教授頂いたから簡単には乗らないもんね。
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