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#男子高校生
はるまき
83
#オッドアイ
月詠 朱猫
52
結局。
綾乃を説得することもできないまま――彼女はあからさまに怒って帰ってしまった。
これからの事を考えるだけで、気分が沈んで仕方ない。無論歌とて、綾乃の説得が簡単なものだと思っていたわけじゃないが。
『本当にあたしの味方なら、あたしの言う事に全部頷きなさいよ!あたしの事を正しいって認めなさいよ!それが友達ってもんでしょうが!』
綾乃の言葉がループする。
彼女は友人と言う存在を、そういう風に思っていたのか。自分の言うこと全てに頷いてくれなければ、友達じゃないと。自分のことを少しでも否定する存在ならば要らないと、つまりはそういうことなのか?
――それは、違うよ……きっと間違ってるよ、綾乃ちゃん。
綾乃がフードコートから立ち去って、どれくらい時間が過ぎただろう。その場で茫然と座っていたのは、数分だったのか、それとも数十分だったのか。時計を見なかったので、実は一時間くらいぼんやりしていたかもしれない。それくらい、綾乃の言葉は歌にとってショックだったのだ。
確かに。友人とは、困っている時に味方になってくれる存在ではあるのだろう。
でもその友人が道を踏み外しそうになった時、引っぱたいてでも引き戻してくれるのが本当の友情というものではないのか。
『あんたの気持ちはわかるわ、卓史』
昔、とあるヤンキー漫画を読んだ時のことを思い出す。大好きな台詞があるのだ。友人が、危ない組織に近づこうとしている。それを止めたいけれど、強く言って友達に嫌われるのが怖い。そう弱音を吐いた主人公に、主人公の姉がこう一喝するのである。
『けどね、本当の友達っていうのは……友達が悪いことをしても、それによって傷ついても、黙って見ている存在のことを言うの?』
『え』
『彼を止められるのは、あんただけなんじゃないの卓史。あんたが、彼を本当に友達だと思うのなら。救いたいと思うのならやるべきことは一つよ』
彼女は主人公の目をまっすぐ見つめて、こう言ったのだった。そう。
『友達が道を踏み外しそうになっている時、一緒に道を踏み外すのや黙って見ているのなんか友情じゃない。たとえ友情を壊してでも、ぶん殴って止めてやるのが、真の友情よ』
絆が壊れても、止めにいく。間違ったことは間違っていると言う。どれほどその結果に苦しんだとしても、たとえそれで関係が途絶したとしても。
あの漫画の台詞は、今でも歌の胸に残っている。自分もそういう友達が欲しいと思えたし、誰かに対してもそういう友達でいたいと思えたのだ。ただイエスマンが欲しいだけならば、プログラムをインプットしてイエスしか言わないロボットでも買っておけ、と言う話なのだから。
自分達は人間で、心があって、伝えるための言葉があって、理不尽を訴える拳がある。その意味を、けして忘れてはいけない。
だから歌もそうしたし――歌が本気でぶつかればきっと、綾乃もわかってくれると信じていたのに。
――私、間違ったことしてない。そう思う。でも……ちょっと、甘かったのかな。
どうすればいいのだろう。ショッピングモールを出て、ため息を一つつく。駅へ向かう足取りがやたらと重い。綾乃のことを考えると、本当にどうしていいかわからない。それは、明日以降、学校で会った時に気まずいと言うのもあるが、それだけではない。
彼女はきっと、警察に疑われる。
しかし、彼女がどうやって相手を殺したのか、それが立証できない限り逮捕には至らないだろう。だが、逮捕されなければ安泰だなんて、そんなことはないのだ。
今はネット社会である。彼女が警察に疑われているというのがわかれば、それがネットに拡散されれば。彼女はきっと、当たり前のように犯人として社会的制裁を受けることになるだろう。過去、綾乃が楓にやったことも浮き彫りになるに違いない。そうなれば綾乃はネットで、学校で、多くの場所で袋叩きにされる可能性が極めて高い。場合によっては――楓のことも面白おかしく書きたてられるかもしれない。下手をしたら、綾乃が撮影した写真も流出する危険がある。
綾乃のことも心配だが、やぶれかぶれになった彼女が何をするかわからないのも恐ろしい。
それこそ本当に、手を触れることもなく遠くの人間を殺す魔法を手に入れたとしたら――彼女は、自分を疑った人間全てを殺すことだって可能ということではないか。それこそ、自分の家を訪れた警察官、マスコミ、自分を信じてくれなかった人全てを殺していくようなことにでもなったなら。
――止めなきゃ。そんなこと、絶対……絶対だめ……!
赤信号。横断歩道の前で足を止める。冷たい汗が背中を濡らした。もう自分には無理だ、と諦めかけていたが。考えれば考えるほど、このまま放置すればまずいことになる予感しかしない。
仮に警察に疑われなかったとしても。彼女がその力を持ったままであるというのが、あまりにも危険すぎる。なんとかして、彼女の力をなくさせる方法はないものか。せめて、綾乃がやったというおまじないの種類だけでもわかればいいのだが――。
「!?」
突然、周囲からあらゆる音が消えた。はっとして、歌は顔を上げる。
「……何、これ?え?」
自分は横断歩道で、信号待ちをしていた。赤信号が青に変わるまで待機していた。しかし。
目の前の“赤”だったはずの信号が、灰色になって停止している。いや、信号だけじゃない。世界中から、あらゆる色が消えて灰色に染まっているのだ。理髪店の三色サインポールも、コンビニの看板も、街路樹の緑も。全て、色をなくして灰色に染まり、沈黙している。色があるのは――赤々とした、燃えるような空だけ。
何より異様なのは、周囲から人や動く車が一切なくなっていること。正確には路上駐車した車の姿はあるが、中に誰もいないのである。すべてのイキモノが、歌一人を残して消滅してしまったような。
『歌』
遠くから、反響する声。綾乃の声だ、とすぐにわかった。
『あんたと話して、よーくわかったわ。あたしは、あんただけは本当の友達だと思ってたのよ。でも、違ったのね。あんたはやっぱり、あの蓮見楓達にあたしを売り飛ばしていた。あたしのことを見捨ててあいつらにすり寄っていたわけだ。……つまり、裏切者だった。よーくそれが、わかったわよ』
「あ、綾乃、ちゃん!?これは何、何なの!?」
『あんたが疑っていた、あたしの力ってやつよ。もう隠す意味もないから見せてあげる……あたしがどうやって、蓮見たちを殺したのかをね。そう、カエシオニの力があれば、何だってできるのよ。遠い場所にいる人間に、一切手を触れずに殺すことも……異空間に閉じ込めて拷問することもね!』
「ま、まさか、そんな……」
がくがくと足が震える。綾乃はまさか、自分も殺すつもりだというのか?彼女をいじめたわけではない――それどころか、ずっと本物の友人だと思ってきた、自分を?彼女もそう思ってくれていると、そう信じてきたのに?
「や、や、やめて、綾乃ちゃん!私、綾乃ちゃんを裏切ってなんかないよ!ただ本当のことが知りたかっただけ……綾乃ちゃんを止めたかっただけ!綾乃ちゃんのこと、本当の友達だと思ってるから、だから!」
お願い、聞いて。
そんな気持ちをこめて、空に向けて語り掛ける。
「綾乃ちゃんは、自分の言うことを全部肯定してくれる人が友達だって思ってるのかもしれない!でも、人間は誰だって間違いを犯すんだよ。時には罪だって犯すんだよ。それを誰も止めてくれなかったら、どんどん自分を不幸にしていくだけ……!私は、綾乃ちゃんに不幸になってほしくないの。だから、止めたいの!間違ってることはちゃんと間違ってるって、そう言えるのが本当の友達だと思ってるから……!」
『うるさいっ!』
しかし。
そんな己の声は、言葉は――彼女には届かない。
『うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!あたしが間違いなんか犯すわけないじゃない!あたしはいつだって正しいんだから。間違ってるのはあいつらで、あたしを認めない奴らなんだから!そんな奴らを正しく断罪して何がいけないの!?それを非難するのは、あんたがあいつらの味方になったからでしょ?つまりあたしの敵になったからなんでしょ!!』
「違うって、綾乃ちゃん!だからっ!」
『もう、あんたの言葉なんか何一つ聞きたくないわ。あんたを友達だと思ってた……それだけはあたしの間違いだったみたい!さっさと玩具にされて、踏みつぶされて、ひき肉にされちゃえばいいのよ!』
それは、どういう意味なのか。唖然としたその瞬間、ずしん、ずしん、と重たい足音が響いてきたのである。地面が、明らかに揺れている。まるで、漫画で見た――怪獣がこちらに向かって歩いてくるような、そんな音が。
「あ、ああ、あ、そんな、そんなっ……!」
そして、歌は見てしまうことになるのだ。ビルを踏みつぶしながらこちらに向かって歩いてくる、巨大な灰色の人影を。
現実では存在するはずのない、巨人と呼ばれるであろう存在を。
「い、いや!いやああああああああ!」
あんなものに踏みつけられたら一巻の終わりだ。歌は悲鳴を上げてその場から逃げ出した。駅が、停まっていた列車ごと踏みつぶされるのを見てしまった。ばきばきばき、と鉄筋コンクリ―トが、ガラスが、音を立てて粉砕されていく。天突くかと思うほどの巨人――足の裏だけで、列車の一両を踏みつけられるくらいのサイズがあった。きっと、自分なんて蟻んこも同然だろう。
間違いなく、一瞬でひき肉にされる。そして、建物の中に入ってもまったく安全ではない。大通りを走り始めたものの、すぐに息が上がってしまった。もとより、自分はお世辞にも運動神経がいい方ではないのだ。
――どうしよう、どうしよう、どうしよう!そ、そうだ、車とか、自転車とか……そういうものを使えば早く逃げられるんじゃ!
慌てて、近くに停まっていた車に飛び込んだ。人だけ急に消えたというのなら、停車してある車のキーは刺さったままになっているはず。綾乃のそんな予想は正しかった。白い軽乗用車は鍵が刺さったまま、エンジンも動いたまま。これならいけるはず、とシートベルトも締めずに慌ててアクセルを踏む。
しかし。
「え、え、う、動かない?なんで?」
アクセルが踏み込めない。そうだ、と歌はようやく、車はギアを変えなければいけないんだったかと思い出した。しかし当然ながら歌は免許なんて持っていないし、車の動かし方もわかっていない。ギアを動かさなければいけないと気づいたものの、レバーは動かないし、何よりどのギアに入れればいいのか全然わからなかった。
――だ、だめ……車、動かし方とか、わかんない!
もう少し冷静に考えられる状況ならば。あるいは時間があったならば。スマホでやり方を調べるなり、落ち着いて方法を模索するなりといったことができたかもしれない。
だが、今は一刻も早く逃げなければいけない身。焦っている状態で頭が回らなくなるのは至極当然のことだった。そして。
べこり。
「ひいいいいっ!」
車の天井が、大きくへこむ。巨人に攻撃されたのだ。このままでは車ごと潰されてしまう――歌は慌ててドアを開け、自動車の外に飛び出した。まだドアが歪んでいなかったこと、開いたことに安堵したのもつかの間、がしり、と何かが綾乃の体を掴み上げる。
腰に回されたそれは、二本の太い太い、指。ひゅっ、と喉が掠れた音を鳴らした。掴み上げられたのだ――巨人に体を。文字通り、蟻も同然のこの身を。
「た、助けて!やめて、やめてえええええええええええええええ!!」
歌の悲鳴と被るように、どこからともなく、綾乃の笑い声が木霊したのだった。
コメント
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歌さん、本当に一歩も引きませんね。友達が道を踏み外すのを止めたい、その一心でぶつかっていく姿に胸が熱くなりました。「イエスしか言わないロボットじゃない」って台詞が凄く響きます。でも最後の異空間と巨人、綾乃ちゃんの笑い声…背筋が凍りました。車すら動かせないもどかしさも痛いほど伝わってきて、本当に怖かったです。次どうなるのか気になって仕方ないです!