テラーノベル
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踏みつぶされるのではなく、つまみあげられるとは思ってもみなかった。いや、だからといって危機が去ったわけでは断じてない。あっという間に歌の体は、高々と持ち上げられてしまう。壊れたビルの残骸が、潰れかけた乗用車が、あっという間に遥か下へと遠ざかる。
もしこの状態で落とされたら、それだけで間違いなくお陀仏だろう。
――もしくは、このまま指に力を込められたら、そのまま潰されちゃう……!
がくがくと全身が恐怖で震える。つまみあげられたまま、歌は巨人の顔の前まで持ってこられた。ぎょろん、とした感情のない黒い目。外国人のように高い鼻。髪の毛のいっさいない頭に、分厚い唇。巨人はまじまじと、まるで不思議なものでも見つめるように歌を眺める。
まさか、このままぱくり、と食われてしまうのか。
「あ、あ、や、やめて……食べないで……お、お、お願い……っ」
そんな歌の言葉が通じたのか否か。巨人が取った行動は、そのまま歌を食べてしまうことではなかった。そのかわり右手の指で歌をつまみあげたまま、反対の手に持った白い箱のようなものをぱかりと開く。そして、その中に歌をぽいっと落としてきたのだ。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
巨人は軽々と持っていたが、箱はコンクリート並に堅いものであるようだった。地面に叩きつけられるよりマシだったとはいえ、そこそこの高さから落とされて思い切り体を打ち据えることになる。
ごきり、と嫌な音が鳴った。足元から脳天へ突き上げる激痛。仰向けに倒れたまま、恐る恐る視線を下に向けた歌は見てしまった。
己の右足が、おかしな方向へ曲がっていること。
お尻からも異様な激痛が昇ってくること。
そして、下半身の自由がちっともきかないことを。
「い、痛い……!痛いよ、痛いっ……ううううううう!!」
お尻から、足を曲げるように落ちてしまったのがいけなかったのか。体が動かない。明らかに折れているし、この様子だと骨盤にも罅が入ったのかもしれない。体の自由がきかない――それはつまり、下半身の我慢もできないということ。じわり、と股間が湿るのを感じて泣きたくなった。どうして自分は、こんな悲惨な目に遭っているのだろう。
己の正義を、友達への愛を、自分なりに貫こうとしたのがそんなにも間違ったことだったというのか。
「おねがい、たすけ、たすけて……」
掠れた喉で訴えるものの、無情にも箱の天井は閉じていってしまう。箱の中は光る素材でできているのか、不思議と箱が閉じても中が暗くなるようなことはなかった。
もうすでに痛くて痛くてたまらない。多分、ここで救出されても、取り返しのつかない後遺症が残ることだろう。それなのに、明らかに拷問はまだ終わっていないらしい。ずずん、と大きな音とともに箱が――いや、歌にとっては狭い部屋も同然のような白い空間が揺れた。何が、と思った次の瞬間。
ががががががががががががが!
「きゃああああああ!?」
空間が、激しく揺さぶられ始める。地震なんてものじゃない。上に、横に、斜めに。まるで箱を掴んで、激しくシェイクされているとしか思えないような衝撃。
掴まる場所などどこにもなく、ましてや下半身が砕けてしまった歌に踏ん張れるはずもない。まるで紙切れのように体が吹っ飛び、壁に、天井に、地面にと繰り返し叩きつけられることになった。
ががががががが!ががががががががががががが!
ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!ドカッ!バキ!ボキボキ!メキッ!ベチャベチャ!ドゴドゴドゴ!
「げふっ!きゃああああ!あああっ、がっ、ごほっ、げぼっ……があああ!いやっ、あああああああああああっ!!」
腕が、肋骨が、みしみしと嫌な音を立てた。まだ無事に見えた左膝が反対側に派手に折れ曲がり、手首が激痛とともにひっくり返った。
それだけではない。
激しい振動と衝撃は、内臓にも甚大なダメージを与える。胃袋と腸を揺さぶられ、歌は激しく嘔吐していた。顔面をぶつけ、鼻血と涙で顔中がぐちゃぐちゃになっていく。
いつまでこの地獄は終わるのか。自分は本当に、こまでの目に遭わなければいけないほど酷いことをしたというのか――。
『歌ぁ?まだ聞こえてんでしょ。返事できるう?』
振動がようやく収まった時。歌はもう、床仰向けになったまま、ほとんど身動き一つできない状態になっていた。
遠くから聞こえる、愉快そうな綾乃の声。彼女は自分の姿を見て、そんなにも楽しいというのか。面白がれるというのか。
『まだ生きてるわよね?どう?あたしが用意したアトラクションは、楽しんでくれてる?』
「……綾乃、ちゃ……」
『ごめんなさいって、謝ったら許してあげるかもよ?私は綾乃様を裏切って友達ヅラしてましたごめんなさいって。貴女の断罪は全て正しいですって。貴女の言葉を今後一切否定しませんってそう言うってならね!どお?どーお?そうしたら、助けてあげるかもしれないわよ!』
助ける。
この状態で、一体どうやって自分を助けるというのだろう。もう全身が痛くて、痛くない箇所を探すのも困難で。多分、体中の骨も砕けているし、内臓だって滅茶苦茶だろう。歌のどこか冷静な部分が告げる。これで、己の命が助かるはずがない、と。
同時に。
――私、裏切ってなんかない。
ふつふつと。悲しみの奥から、怒りが沸き起こりつつあった。あまりにも理不尽ではないか。何故こんなにも疑われて、否定されて、人としての尊厳も踏みにじられて――意味不明な死に方をしなければいけない?
友達を諭した、それだけで一体何故?
――裏切ったのは、お前の方じゃないか。
「ころ、して」
ああ、もし自分にも不思議な力があったなら。綾乃と同じ力を持っていたら。自分こそ、この“裏切者”に復讐してやれたものを。自分と同じ目に遭わせて、これがどれほど苦しくて辛い死に方なのか教えてやれたものを。
そして、きっと同じように苦しんで死んでいった楓の痛みを、思い知らせてやれたものを。
「もう、ころし、て。ころ、せ……」
力がない自分は、惨めにも相手に懇願するしかない。譫言のように殺して、殺せ、と繰り返すことしか。
それがあまりにも悔しくて苦しくて、じわり、と涙が滲んでいく。そんな歌を、綾乃はどのように思ったのだろうか。少しは友情の欠片を思い出して、可哀想にとでも思ってくれたのか。
いや、きっとそんなことはもうないのだろう。だってもう、歌にもわかってしまっている。
この女は、自分だけが可愛い。自分しか愛せない。周りの人間はみんな、そのための道具でしかないということを。
『何よ、もうまともに人の話を聞く脳みそも残ってないわけえ?まあ、しょうがないわね』
ずずん、と再び箱が揺れた。そして歌は気づくことになる。白い天井が、じわじわと降りてきていることに。いや、もう天井にも歌の血肉や吐瀉物が飛び散っているので、すっかりマーブルカラーとなっていたが。
『これからゆーっくり、ゆーっくりあんたの体を押しつぶしてあげる。全身の骨がバラバラに砕けて、肉が潰れてハンバーグになる苦しみをじっくり味わいなさいな。そして、自分がどれほど愚かな真似をしたのか、地獄で反省するといいわ!』
「あやの、ちゃんも……」
『ああん?』
「あやの、ちゃんも、じごくにいく……ゆるさない、ぜった、い」
『はっきり喋りなさいよ。全然聞こえないっつーの。まあ、どうせろくな言葉じゃないんでしょうし、聞く価値もないわけだけどー!』
ああ、最期の呪詛さえ、あの女には届かない。天井が降りてくる。額と胸に、冷たい感触を感じたと思った次の瞬間、みしみしと頭蓋骨と肋骨が軋む音と痛みへ変わる。
ああ、苦しいけれど、これでようやく死ねるということか。唯一、不満があるとすれば、それは。
――お前を地獄に、連れていけないこと。
己の頭蓋が砕ける音とともに。歌の意識もまた、真っ黒に塗りつぶされていったのだった。
***
もう少し、意識を保ったまま虐め抜ける方法にすればよかったか。自宅、自分の部屋で映像を出していた綾乃はため息をついたのだった。
最期に歌に反省させて、心からの命乞いをさせて。それを笑いながら踏みつぶしてはねつけてやるつもりだったのに、失敗した。人はやりすぎると、意識がもうろうとしてまともな会話ができなくなってしまうらしい。巨人の“シェイク”も、もう少し簡単に済ませれば良かったと思う。
結局、最終的に圧死するまで、歌は謝罪を口にしなかった。どいつもこいつも、悪いことをしたら謝るという、人間として当たり前のことが出来ていないのだから困ったものだ。
『綾乃ちゃんは、自分の言うことを全部肯定してくれる人が友達だって思ってるのかもしれない!でも、人間は誰だって間違いを犯すんだよ。時には罪だって犯すんだよ。それを誰も止めてくれなかったら、どんどん自分を不幸にしていくだけ……!』
歌の、最後の言葉を思い出す。
彼女は本当に、最後の最期までくだらないことしか言わなかった。綾乃がどういう返事を求めているかわかっていただろうに。その返事次第では、あそこで拷問を中止して助けてやってもよかったというのに。
『私は、綾乃ちゃんに不幸になってほしくないの。だから、止めたいの!間違ってることはちゃんと間違ってるって、そう言えるのが本当の友達だと思ってるから……!』
「……何が本当の友達、よ。嘘吐き女」
まあいい。どっちにしろ、これで綾乃の復讐は完成したのだから。自分は、己を虐げた奴らをすべて片付けた。浮島冬香。羽柴由衣。蓮見楓。そして、裏切者の長谷部歌。これでもう、自分を踏みつける人間は誰もいない。そして、今後またそういう人間が現れたらその時はいくらでも自分は報復することができる。いつでも好きなだけ、踏みつける側に回れるのだ。
カエシオニ。なんと素晴らしい力だろう。
「あんたに感謝しないとね……黒須澪」
ふふ、と思わず笑みがこぼれる。
「この力があれば……そう、疑われたって、簡単にアリバイ工作できるし。邪魔者は好きなように、好きなだけ消せる。それこそ警察だろうがヤクザだろうが軍隊だろうがなんだって……」
「それはどうでしょうか」
「!」
唐突に響いた声。はっとして綾乃は顔を上げた。
いつからそこにいたのだろう。綾乃が座るベッドの真正面。学習机の椅子に、ちょこんと座る黒いドレスの少女の姿が。
「黒須、澪……」
綾乃が呼ぶと、彼女はにっこり微笑んで告げたのだった。
「お待たせしました。貴女の望む復讐は終わりましたよね?今から、貴女の対価を徴収させていただきます」
#男子高校生
はるまき
83
#オッドアイ
月詠 朱猫
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コメント
1件
うわっ……このエピソード、めちゃくちゃ重かった……🥀 歌ちゃんの体がバラバラになっていく描写がリアルで、読んでるこっちまで痛かったよ。それでも最後まで謝らなかったのは、彼女なりの誇りだったんだろうな。綾乃ちゃんの歪んだ正義感が怖い……でもラストで澪ちゃんが現れて「対価を徴収します」って言った瞬間、ゾクッとした。この作品の「報い」の連鎖、めっちゃ気になる……!🌙