コメント
1件
沙良が浅く寝息を立てている。頬には熱の名残。
泣きながら何度も絶頂に達し、ようやく訪れた眠りだった。
その細い足首に、僕はそっと銀の輪を嵌める。
ぱちん、と乾いた音。もう外せない。誰にも、何があっても。
これは飾りじゃない。微弱な発信装置とアラーム付き。
僕だけが管理できる、特注の足枷。
ねぇ沙良、知ってた? 眠ってる間に檻の鍵をかけられてたって。
でもまだ教えないよ。だって僕は優しいから。
キミが不安にならないように、甘く優しく包み込んであげる。
目覚めるたび、自然と〝僕のもの〟だと受け入れられるように。
逃げられない檻の中で、キミは僕だけを見ていればいい。
僕がキミを見つけたあの日から……キミはこうなる運命だったんだ。
「……ねぇ、沙良。キミはもう、僕のものだよ」
指先で銀の輪を撫でながら、僕は穏やかに微笑んだ。
窓の外、雨はまるで鉄格子のように歪んでいた。
***
(――どうして、こんなに静かなの?)
私はゆっくりとまぶたを開けた。知らない天井。住み慣れた家の部屋とは違う匂い。違う空気。
(ここ……どこ?)
起き上がろうとして、足首の〝違和感〟に動きを止める。
銀色の輪。見覚えのない金具。引っ張ってみたけれど、外せそうにない。
「……えっ?」
継ぎ目も鍵穴も見当たらないそれから、ピッと小さな電子音がした。
「なに、これ……」
確か私……昨夜、朔夜さんが淹れてくれたカモミールティーを飲んで……。
(朔夜さんはどこ?)
見回してみたけれど、彼の気配はなかった。
代わりに、天井の角。――小さな黒い目が、私を見ているのに気が付いた。
(カメラ……)
それに気付いた瞬間、背筋に凍るような悪寒が走った。
思わず「なに、これ」ともう一度つぶやいたとき、背後の扉が静かに開いた。
「おはよう、沙良。よく眠れた?」
笑顔の朔夜さん。手には朝食のトレイ。カップから立ち昇るのは、ベルガモットの仄かな柑橘の香り。優しくて懐かしいはずなのに、今は妙に重く、息苦しいほどに甘く感じた。
ふわりと漂う優しい香りと、朔夜さんの変わらない笑顔。
私は思わず、喉の奥がひくりと震えるのを感じた。
――大好きだったはずの朔夜さんの笑顔は、誰よりも柔らかで、なのに誰よりも恐ろしかった。
「……ちゃんと温かいうちに飲んでね?」
朔夜さんはアールグレイティーの入ったカップをそっと差し出しながら、やわらかく笑った。
「昨日のよりは、ずっと優しい味にしたから。――きっと、気持ちも落ち着くはずだよ?」
差し出されるままに思わずカップを受け取った指先が、我知らず震えてしまう。
昨日は何の疑いもなく口を付けた朔夜さんからの飲み物。
――でも、どうしよう。「信じていい」って、今は思えないよ?
「……それを飲んだらお風呂に入ろうね? たくさんドロドロになっていて気持ち悪いでしょう? 僕が隅々まで洗ってあげる」
なのに朔夜さんは私がそれを飲まないことを許してくれる気はないみたい。
足元で、気を失うまではなかったはずのアンクレットが、ピピッと乾いた電子音を立てた――。
END(2025/07/19〜2025/08/30)
※明日の更新ではこの作品の元になった短いお話を掲載します。