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第1話 未来からのLINE
昼休み、教室の端っこ。
私、ユイはいつものように窓際の席で、購買の焼きそばパンを半分残しながら、ノートの端にどうでもいい落書きしてた。
黒板には「数学Ⅱ:微分の応用」。
はいはい、応用ね。
先生の声は眠気誘うBGM。
クラスの空気は既視感の固まり。
いつも通り。
退屈は健康的。…のはずだった。
スマホが震えた。
グループLINE「2年C組(通知多すぎ死ぬ)」。
新着メッセージのプレビューが目に刺さる。
「今日の放課後、世界終わるらしいよ。by未来の私」
は?いや草。
誰の悪ノリ。
既読だけ増えるのがムカつくので、とりあえずスクショして保存。
こういうのは冷めた目で眺めるのが正解。
…ただ、文末の「by未来の私」が妙に、喉にトゲ残す感じで引っかかる。
「ユイー、今日、部活何時ー?」
前の席のアヤネ(ギャル、まつ毛長い)が振り返る。
「知らん。てか、今日は帰る。家の猫が私の帰還を待ってる」
「猫いないじゃん」
「それな。嘘。超嘘」
会話の温度差に紛れて、もう一度グループLINEを開く。
誰も返信しない。
スタンプすら飛ばない。
逆に不気味。
アヤネは鏡片手に前髪の角度を0.1度単位で調整中。
後ろの席じゃ、リク(中二病、黒いパーカーに英字がやたら多い)がひそひそ声で「世界の終わり…来たか…」と語感だけで生きてる。
はい、安定の痛かわいい。
チャイムが鳴り、午後の授業が流れ始める。
先生が黒板に書く数式が、いつもより、わずかにズレて見える。
気のせいにしておく。
1時間後、また震える。
今度は個別。
「既読付けなくていいから、これだけ読んで。放課後、空がピンクに染まったら、黒板の裏見て。未来の私より」
黒板の裏?
いや、メタい。
ふざけてるにしては、指示が地味すぎる。
もっとこう、屋上に来いとか、旧校舎の通路で呪文唱えろとか、演出が欲しい。
黒板裏は地味の極み。
…でも、地味な指示ほどリアルだったりするのよね。
だるい。
「おい、ユイ。ノート貸せ」
無口なミナト(天才、いつも眠そう)が横から手伸ばす。
「は?お前、私の字読めるの?この世で一番解読困難って有名だけど」
「読むのは俺じゃない。先生が添削する」
「いやそれが一番終わってる」
ミナトの手元には、線の揺れが妙に綺麗な幾何学の図。
こういうのが“本物”の天才感。
嫉妬はしない。
疲れるから。
視線を黒板に戻す。
白いチョークの粉がふわっと舞って、教室の空気が少し甘くなる。
…甘い?何そのバグ。
粉に味つくな。
放課後まで、秒針がやけに遅い。
いや、遅いというより、時々かくん、と逆向きに跳ねる。
校庭の時計も同じ動きしてるのが見えた。
視覚のバグ?お前ら連携すんな。
アヤネが小さく声上げた。
「ねえ、空、ピンクじゃない?」
窓の外、ほんのり。
夕焼けのオレンジじゃない。
いちごミルクを薄めたみたいなピンクが、校舎の影に滲んでた。
うわ、フラグ回収の速度エグ。
心臓が一瞬だけドラム叩いたみたいに跳ねる。
けど、顔は無。
呼吸はいつも通り。
私はこういうとき、だいたい冷静。
冷静を演じるのが得意ってだけかもだけど。
「部活、どうする?」
アヤネがまた聞く。
「今日は…黒板の裏見る」
「地味すぎワロタ」
「黙れ。世界終わるらしいから」
「それはもっとワロタ」
教室がだんだん人を吐き出す。
帰宅部が雑談で消え、文化部がダッシュで移動、運動部はそこらで叫んでる。
私は最後まで残るタイプじゃないが、今日は残る。
誰もいないのを確認して、黒板の下のレールに手をかける。
重い。
粉っぽい。
チョークの匂いが傷口みたいにしみる。
引き上げると、黒い板が小さく震えた。
…ちょい怖い。
裏面。
そこには、白い線で落書きが走ってた。
子どもの落書きみたいに雑だけど、妙に計算された曲線。
中心に、丸い時計の絵。
時刻は「16:44」。
その周りに漢字と英字が混ざった暗号。
「逆行」
「合図」
「二重」
「選」
「笑う」
「君」
笑う?
誰が。
私?
世界?
スマホの画面にまた通知。
「黒板、ちゃんと見てる?16:44になったら、指を時計の中心に置いて。絶対、離さないで。by未来の私」
既読つけない約束、向こうが勝手にしてるのキモい。
でも、従ってる自分、もっとキモい。
教室の隅で、リクがドアの隙間から覗いてる。
「お前、見つけたな…」
「いや、見つけられるやつ他にいる?これ、露骨すぎ」
「世界は…露骨だ」
「お前の台詞回しが一番露骨だわ」
ミナトも、いつの間にか窓枠に座っている。
「時計、逆回転してる。校庭の。異常値」
「知ってる。ピンクも増してる。インスタ映えの色相じゃない」
アヤネが入り口で腕組みして微妙な顔。
「怖いんだけど。帰っていい?」
「いいよ。てか、普通に帰れ。これ、多分、面倒なやつ」
「置いてくのも怖いんだけど」
「じゃ、見てろ。退屈よりはマシ」
16:43。秒針が、逆向きに走る。
数字の上でスケートしてるみたいに滑って、時々転ぶ。
転ぶな。
喉が乾く。
指先が冷える。
未来の私?
何それ。
そんなもの、いるわけない。
いるわけないけど、こういうときに誰かがいるって思うのは、弱さじゃない。
…たぶん。
16:44。 私は、黒板裏の時計の中心に、人差し指をそっと置いた。
チョークの粉が指紋に入り込み、白い汚れが細かくまとわりつく。
世界が、ほんの少し、揺れた。
視界の端で、空のピンクが濃くなる。
教室の蛍光灯がブドウ色っぽい影を落とし始める。
床のラインが浮いたり沈んだりする。
あ、これ、ヤバい方の演出。
「離すなよ」
ミナトの声が低く、現実の重さで私の耳に落ちる。
「離すわけない。だって、離したら、負けっぽいじゃん」
「理屈になってない」
「理屈、今はファッション」
線の中心が、熱を持つ。
指先がじわっと温かい。
…え、これ、チョークってそんなに物理法則破る?
落書きの時計の中で、秒針みたいな白い線が走り出す。
描かれていないのに、動く。
気持ち悪い。
最高に嫌い。
でも、目が離せない。
「今日の放課後、世界終わるらしいよ」
頭の中で、あの一文が、反響する。
未来の私?私が未来にいて、ここに指示出してる?
誰だよ、それ。
何でそんな回りくどいメッセージ送るの。
直接来い。
会って話せ。
でも、来ない。
だから、私はここで指を置く。
置いた指が、私の代わりに未来へ行く。…っぽい。
そういう解釈でメンタル保つ。
線が一瞬、強く光る。
世界の音が消える。
校庭の叫び声も、廊下の足音も、チョークの粉が落ちる微かな音さえも。
代わりに、遠くで誰かが笑った。
女の子。
私の声に似てる。
ちょっと嫌味っぽい、鼻で笑うタイプ。
「やっと、来たじゃん。遅い」
鼓膜の内側で、言葉が滑る。
「…誰」
「未来の私。嘘。いや、嘘かも。どっちでもいいけど、時間ないんで」
視界が裂ける。
黒板の裏の黒が、深さを持って、階段みたいに降りていく。
落書きの線が手すりになって、私は指でそれに掴まってる。
掴んでるだけで体が、空間の端へ引かれた。
足元が透ける。
教室の床が、古い映画みたいにノイズまみれの画面になる。
リクが叫んだ。
「門だ!門が開いた!」
アヤネが小さく
「こわ…」
ミナトが短く「行け」と言う。
誰も、止めない。
止めないなら、進む以外ない。
私は笑った。
自分でも性格悪い笑い方だと思う。
「了解。放課後なんで、これが宿題ってことで」
次の瞬間、落書きの中に、私の身体ごと、沈んだ。
黒板の裏の世界は、紙の裏みたいにざらついて、ピンクの空を抱えていた。
時計が逆回転する音が、雨みたいに降る。
指先はまだ、中心から離さない。
約束は守る。
誰が相手でも、未来でも、自分でも。
背後で、教室の現実が遠ざかる気配。
目の前に、黒い影が立った。
制服の形。
髪型。
背丈。
…私だ。
「よ、現在の私。皮肉は後にしよ。忙しいから」
「忙しいのはこっち。世界終わるんだろ?説明しろ。30秒で」
「無理。30秒で終わるのは、世界の方」
最悪の答え。
最高の始まり。
私の指は、まだ、笑ってた。
そして、物語は、放課後に始まった。