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夢の番人や神の瑕疵なんていう、聞き慣れない言葉の連続に、敦士の頭の中にクエスチョンマークがたくさん出てきた。
「おまえの中には俺の記憶がないのに、こうして抱きしめられたという事実だけで、胸がいっぱいになるなんてな」
男性は小さく笑って、瞳を細めながら敦士をじっと見つめる。その視線を受けただけで、敦士の躰の隅々まで、なぜか熱くなった。
「あの……僕は貴方とその――」
自分の躰の反応にひどく戸惑い、その理由を知りたくて、窺うように敦士は訊ねた。
「俺は現代で死にかけて、創造主に救われた。そして夢の番人という悪夢を無きものにする仕事に、無理やり就かされたんだ」
「はあ……」
「仕事をしていく上で、夢の番人のエネルギーになるのは、人間の精が必要になる」
「それって、つまり――」
「俺は夢の中で、おまえに抱かれてる」
(いつまで経っても女の人が抱けないからって、諦めて男の人を抱くなんて、僕はなんて馬鹿なことをしてしまったんだ!)
「おまえがショックを受けるのは、無理もないと思う。だがこれは俺を助けるために、おまえが進んでしてくれたことなんだ」
男性の済まなそうな表情で、敦士の慌てふためいた心が少しだけ落ち着いた。
「僕が貴方を抱かなかったら、危なかったということでしょうか」
「ああ。夢の番人になって、はじめて精を必要とした瞬間だった。それと同時に、不思議なことが起こったんだ」
「不思議なこと?」
「他の奴らは俺の姿が見えないのに、おまえだけが俺を認識してくれた。夢の中だけじゃなく、現実の世界でも。だから嬉しかった、俺は一人じゃないって思うことができた」
はじめて逢ったばかりの男性の笑顔に、敦士はいいようのないときめきを感じた。口元を歪める独特な笑みは、はじめて見たものなのに、そうじゃない気がする。
「僕は貴方を抱いて、たくさん言葉を交わして、そして……」
「俺を好きになってくれた。今の見た目とは違う俺じゃなく、中身が好きだとおまえは言った。俺としては好きになられる要素は、見た目以外ないと思っていたのに。仕事のことで結構手厳しい指導をしたりして、悪夢を見せたくらいなのにな」
(仕事のことで手厳しい指導――それは社内コンペに提出した企画のことじゃ……。だから彼のお蔭で、準優勝がもらえたのか)
企画を提出する前の下書きに、たくさんの走り書きがなされていた。その内容が自分では考えつかないものばかりだったので、不思議に思っていた謎のひとつだった。
欠落したとても大切だと思える記憶と、大きくあいている胸の穴。そして、自分では考えつかない内容の走り書き。それらすべてについて、目の前の男性が関わっていることで、謎が解明できるのがわかり、敦士は安堵のため息をついた。
「敦士のその顔、わからないことがわかって、スッキリしたといったところか」
「はい、ずっと考えていたことなので。思い出そうとしても青白い光が浮かんだり、印象に残っている掛け声ばかりが頭に残っていて、肝心なところがわからないままでしたから」
「印象に残った掛け声。それは、俺の怒鳴り声ばかりだったんじゃないのか?」
肩を揺すりながら笑い出す男性につられて、敦士も声をたてて笑ってしまった。
「でもそれのお蔭で新しい部署でも、きちんと仕事に従事することができているんです」
「あんなのが役に立っているというのなら、良かったというべきなのか」
「でも今はその声も、聞くことができなくなりました」
敦士は笑いを消し去って、現在のことを告げた。少し離れた位置から、男性が真面目な面持ちで見つめ返す。
「俺がこうして完全復活したから、夢の番人としての声が聞こえなくなったのかもしれない」
「…………」
「人は年齢を重ねると、自分をよく見せようとして、見栄を張ったり、見た目を良くしようとする。相手に好かれるために」
唐突に語りだした男性のセリフを聞きながら、敦士は首を縦に振った。自分にも、覚えのあることだった。
「俺は欲望を満たすためだけに、たくさんの嘘を重ねて人を騙して、心と躰をおもちゃにしてきた愚かな人間だ。そんなことばかりしていたから、恋を実らせることもできずに終わった。自分の手で腐らせてしまった」
眉根を寄せながら右手に拳を作る姿に、痛々しさを感じた。それと同時に、自身の悪行をさらけ出す男性が、すごいなと思わずにはいられなかった。
自分なら、なんとしてでも隠そうとしてしまう内容だというのに、惜しげもなく堂々と語ることのできる、メンタルの強さを目の当たりにしたからこそ訊ねてしまった。