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今にも雪が降りだしそうな、重たい雲。
肌に纏わり付くような、冷たい空気。
(そういえば、こんなだったかも)
久し振りに来た街の記憶が蘇ってきた。
カノンは口を大きく開けて、白い息を吐き出した。
「はいお待たせ。あんた可愛いから、焦げたやつだけど、沢山オマケ入れといたよっ」
屋台の恰幅のいい女性が、ニコニコしながら薄紫の紙包みを渡してくれた。
「ありがとう、おねえさん」
カノンは完璧なスマイルで微笑み返す。
歳は十歳。身長はまだ成長途中だが手足はすらっと長く、猫のように大きくて目尻が上がった瞳が印象的な顔立ち。
歳上の女性達に、何故か自分の容姿が受けがいいのは自覚していた。
ホカホカの紙包み。小さい頃よく買って貰っていた、屋台の食べ物だった。
黒糖の甘い香りが懐かしくてつい、沢山買ってしまったのだが、これで最後の旅費が尽きてしまった。
(まあいいか。どうせ、帰りは強制的に連れ戻される)
冷めないうちに食べたい。カノンは座る所を探して広場に出た。
丁度ベンチがあいていたので腰を下ろす。
突然、背後から地を這う様な低い声が聴こえてきた。
「それを…それを分けてくれぇ。お願いだぁ…」
よろよろと、男がカノンの横に来て紙包みに手を伸ばそうとした。
最後にこんな言葉を残して、ベンチの前にくずおれる。
「お腹すいた…」
自分の足元で倒れ込んでいたが、とりあえず放置して屋台菓子を食べ続ける。オマケに貰った焦げ目のついた方も美味しい。あのおねえさんは、アタリの屋台だ。
食べている間、倒れ込んできた男を観察した。最初は白髪の老人かと思ったが、よく見ると白髪に見えるほど薄い色の金髪だった。少し紫がかっている感じの、珍しい色合いだ。
服は軽装。雪が降りそうなのに、厚手の上着を羽織っているだけで防寒具は身に付けていない。手には鞄なども持っていない。
となると、それほど離れていない場所に住んでいる人だろう。
全て食べ終わった。まだ彼が起き上がる気配はない。
「すみませーん」
通りすがった、いかにも地元の住人のおじさんに、声をかける。
「この人、誰だか知ってます?」
「ああ」
髪色が特徴的だから、すぐにわかったのだろう。おじさんは、通りの向こうを指差した。
「あの角にある診療所の先生だよ。よくこの辺で行き倒れてるんだ」
「へー…」
あの辺までなら運べるだろう、とカノンは考えた。
教えられた診療所の前まで来て、カノンは男をドアの前で降ろした。ぺちぺちと頬を叩いて起こす。
「おーい、お兄さーん」
「んぅ……」
「家の前まで運んで来たんだけど、鍵が締まってるみたいだからここで置いてくね」
「え?あぁありがとう」
まだ寝惚けているようだが、ごそごそとコートのポケットを探っている様子は、死にかけている訳ではなさそうなので一安心だ。
それだけ確認すると、カノンは捨て台詞のような言葉を残して立ち去ろうとした。
「じゃあ先を急ぐんで」
「待ってくれ!」
思いのほか強い力で脚に抱きつかれた。
「ついつい文献読んでたら何日か経ってたみたいで、気付いたら滅茶苦茶空腹で……食料求めて外に出てみたものの、目眩がしちゃって……」
ぐうぅ~、という音が彼のお腹の方から聴こえた。
「お金は渡すから、何かそのまま食べられるものを買ってきてくれない?」
(大丈夫なの、あの人)
一回の買い物にしては不必要な金額を渡されて戸惑う。 残りは好きなものを買っていいと言われたが…。
通りに出ると、ちょうどお弁当屋さんを見付けたので、そこで弁当を二人分と、空きっ腹に優しそうなスープだけ買って戻ることにする。
「おーい、買って来たけど」
ドアは開いていたので、覗き込んで声をかける。
「ありがとう。入ってきて」
入ってすぐに受付。その前の待合室らしき場所の長椅子に男は背を丸めて座っていた。
弁当とスープとお釣りを渡し、自分の分を持って違う長椅子に座る。
カノンの手元に弁当ひとつしかないのを見て、不思議そうに彼は首を傾げる。
「好きなデザートとか買ってきても良かったんだよ?」
「いや、さっき、沢山甘いもの食べたばっかりだから」
そうだったそうだった、と膝を叩いて彼は笑った。
男はスープをゆっくりと啜り、しばらくは特に会話もなく二人は食べ進めた。
「そういえば、君」
思い出したように、さほど興味もない様子で聞いてくる。
「見掛けない子だけど、旅行か何か?」
内心、カノンはギクリとしたが、サンドイッチの欠片を飲み込む振りで間を置いてから答える。
「……この近くの、親戚の家まで独りで行く途中。あ、どこか泊まれるとこ知らない?」
ギリギリ、嘘をついてはいないが本当でもないような答え方をした。
男は、考えている事が読めない顔でカノンを見た。この時、彼の瞳も薄い紫だと初めて気付いた。
「ふーん。……泊まるとこ決まってないなら、ここ泊まっていきなよ。今夜は雪、積もるらしいからさー」
ひとつ大きな欠伸をすると、彼は予告なしに長椅子に倒れ込んだ。
「………」
「え…?」
しばらくの沈黙の後、恐る恐る確認してみると、安らかな寝息が聴こえてきた。
(そういえば、文献読んでたら何日か経ってたって……)
お腹が満たされたから眠くなったということだろうか。
「ええぇ……」
家主は寝てしまった。
玄関の鍵を持って出て行く訳にもいかない。
どうやら、ここに泊まるしかなくなったようだった。
コメント
1件
読んだよ〜!!第1話からもう雰囲気がエモすぎてやばい😭💕 雪が降りそうな街の風景と、**10歳のカノンが一人で旅してる**って設定だけで胸がざわつく…。 屋台のおねえさんに「可愛いからオマケ」って言われるシーン、ほっこりした♡ でも「帰りは強制的に連れ戻される」ってカノンの心の声が切なすぎて、何か事情あるのかなって気になる〜。 しかも行き倒れてた先生(薄紫の金髪!)を助けて、そのまま診療所に泊まる流れになるの、**運命の出会い感あって最高**…! 二人とも秘密抱えてそうで、続きが気になって仕方ないよ😭✨ 次話も楽しみにしてるね!