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【ミサ&粧裕】
「──ねぇ、あれやろうよ」
ふたりが立ち止まったのは、木箱を並べた小さな輪投げの屋台。
カラフルな景品がずらりと並ぶ中、目を惹くのはピンクのくまのぬいぐるみ。つぶらな瞳で、「連れて帰って」と訴えているようだった。
「わぁ……すごく可愛い……」
粧裕がそっと声を漏らす。
隣でミサも顔を寄せて、じっとぬいぐるみを見つめた。
「……粧裕ちゃん欲しい?」
「でも難しそう。すっごく後ろにあるし……」
「ふふん。こう見えてミサ、輪投げ得意なんだから!」
胸を張るミサに、粧裕が目を丸くする。
「ほんと? わたし、多分あーいうの苦手……」
「ミサに任せなさい!取ってあげる!」
宣言するように、ミサがフワッと髪を揺らす。
目はもう、ぬいぐるみをロックオンしていた。
──そこには、可愛い女の子の顔で隠された、絶対に外せない戦いがあった。
「ミサさん……がんばって……!」
「任せて!これはミサのプライド勝負だからっ!」
輪投げのおじさんが差し出した輪っかは3つ。
そのどれかを入れられなければ、今日の“かっこいいミサ”が終わる──気がした。
「よーし、まずは1投目!」
ミサは真剣な表情で輪を構え、一番奥の棒を狙って──放つ。
……が。
「うっそ!?あとちょっと!」
輪は弾かれ、くるりと横に転がってしまった。
「ミサさん、惜しい……!」
「大丈夫、次で入れる!ミサには未来があるの!」
二投目。今度は少し力を抑えて──
「いっけーっ!」
ポス。
──外れた。
「あーーーーーーーッ!!なんでぇぇええ!?!?」
最後の輪を、ミサは慎重に、慎重に構えた。
誰もが息をのむ瞬間──
しかし、結果は……
「うぇ!?また外れた!!」
粧裕が横で目を丸くしていた。
「……ま、まだ、もう1回くらいできるよね?」
再挑戦。
ミサは再び3つの輪を手に、今度こそと臨んだが──結果は、惨敗だった。
「く……悔しすぎる……これはもう、三度目の正直しかないっ……!」
「み、ミサさん、無理しないで……」
屋台のおじさんに再びお金を差し出し、3度目の挑戦。
もはや場には緊張ではなく、“応援”の空気すら生まれていた。が──
「……だめ……」
投げても投げても、輪は狙った棒の横をかすめていくばかり。
粧裕がぽつりとつぶやいた。
「……あれ、ミサさんって……もしかして、輪投げそんなに……」
「わぁぁ!言わないでっ……!」
そして、最後の輪も──失敗。
ミサは一度、輪を持っていた手をゆっくり下ろし、おじさんの方へ向き直った。
そして──
大きな瞳をうるうるさせて、口を小さく尖らせ、両手を胸の前で組む。
「ねぇ……おじさん……」
「……ん、なに?」
「ミサね、……あのくまさん、ぜっっったい欲しくて……!」
ぐっと目を潤ませ、涙がこぼれそうなふりをしながら──くまを見つめて、キラキラした顔で微笑む。
「お願いっ……!どうしても、あの子がほしいの……。がんばったよね?ミサ、いっぱいがんばったよね?」
「え、ええ、まぁ……」
「それに……祭りって、夢を叶える場所でしょ?くまさんがいれば……今夜は“最高の夜”になる……」
瞳を潤ませながら、頬をほんのり染めて──そして最後に。
「だから……ミサに、ちょっとだけ優しくして?」
にこっ。
アイドルスマイル炸裂。キラキラレベル最大放出。
おじさん、完全に目が泳いでいる。
「……わ、わかった!特別!はいっ、もうこれは“努力賞”だ!」
「あっ、ほんと!?ありがとぉっ!」
ミサは満面の笑顔でぬいぐるみを受け取り、そのまま粧裕に抱きついた。
「やった〜〜〜!!くまちゃんゲットした〜〜〜!!」
「ミサさん……ほんとに、すごい……」
「ふふっ、“可愛さ”って、最強の武器なんだから!」
粧裕が目を丸くして笑い、ミサも得意げにくまの鼻をツンッと押した。
粧裕もつられるように笑って、手を伸ばす。
「これ……本当に、もらっていいの?」
「もちろん!ミサは、“可愛い子には可愛いもの”を持っててほしいの!」
ミサはそう言って、くまを粧裕の胸元にそっと押し当てた。
「ありがと……じゃあ……名前、つけてもいい?」
「もちろんっ。この子にぴったりなやつ、お願いね?」
粧裕は少しだけ考えて──
「……“みゆ”って名前にする!ミサさんの『み』と粧裕の『ゆ』!だからみゆにする!」
「粧裕ちゃん!きゃー!ありがとうー!粧裕ちゃん大好き!」
ぎゅうぎゅうと粧裕を抱きしめるミサ。
「あはは!粧裕もミサさんのこと大好きだよ!」
「じゃあこの子、今日からミユミユだ!」
「ミユミユ?」
「そう!ミサがミサミサで、粧裕ちゃんがサユサユ!それで、ミユちゃんがミユミユ!」
粧裕がミユミユをぎゅっと抱きしめる。
その姿を見て、ミサも思わず目を細めた。
「うん、ミユミユ、可愛い」
そして、しばらくして粧裕がふと言葉を漏らした。
「……さっきの、おじさんへのお願い……すごかった。あんなの、絶対真似できないよ……」
「ん〜〜?ふふっ。あれはね、ちょっとズルしてるの」
ミサは涼しい顔でくるりと振り返る。
「男の人ってさ、可愛いとか優しいとかも好きだけど──一番効くのは、“自分のプライドをくすぐられる”ことなの」
「プライド……?」
「そう。男の人ってね、実はすごく繊細。だから、“お願い”するより、“頼ってる風に見せて、頼ってない”のが、いちばん効くんだよ?」
「……ミサさん、それ、もうプロの恋愛師……」
「でしょっ?」
ミサは得意げに笑いながら、屋台の灯りを受けて目を細めた。
「伊達にこの業界にいないよ……それに、月も竜崎さんも、すーぐプライドで傷つくのよ。怒られるより、“呆れられる”ほうがダメージ大きいんだから」
「えっ、じゃあ、うちのお兄ちゃんにも効くの……?」
「うんうん。“あーあ、お兄ちゃんって意外と頼りないんだね〜”って言えば、次の日からめちゃくちゃ張り切ると思うよ?」
「なるほど……」
くすくすと笑い合うふたり。
「ほんとはね、“好きな人”には、甘えたくなる時もいっぱいあるよ。でも、甘えるばっかりじゃ“追いかけてくれない”。だからたまに、ちょっとだけ“追わせる女”になるの」
「“追わせる女”……」
その響きを、粧裕はそっと口の中で転がした。
「……かっこいい。わたしも、そうなれるかな……?」
「なれるよ。可愛いんだもん。女の子って、“なりたい”って思った時から、もう“始まってる”んだから」
ミサの声は優しくて、どこか魔法みたいだった。
ふたりの指がそっと触れたとき、夜空で月が輝く。──ふたりの笑顔は、それよりずっとまぶしかった。