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焚き火のパチパチと燃える音だけが暗闇にあった。
しばらくして、フェリクスが口を開いた。「きっと、明日だよね」
「……ああ。そうだな」
するとフェリクスはアグネスを抱きしめた。
アグネスは瞠目した。
「アグネス、絶対に生きて帰ろう」
アグネスは自分をひしを抱く腕が温かく感じた。
なぜかじわりと目が潤んだ。
そして、フェリクスを抱きしめ返した。
「当然だ。君も死ぬなよ」
アグネスは強気な言葉を口にした。
でないと、頬を濡らしてしまいそうだった。
ふたりはしばらくの間、焚き火の温かい光に照らされながら抱擁を交わした。
翌日、四人は魔王と対峙した。
魔王はかなり手強く接戦だった。
四人とも自分の力の限りを尽くし、何とか魔王は打ち倒した。
……が、フェリクスは死んでしまった。
一瞬の隙を突かれ致命傷を負い、そのまま息を引き取ってしまったのだ。
アグネスはイザークや星蘭と同じように母国に帰ることができたが、全く嬉しくなかった。
魔王を打ち倒せたというのに全く喜べず、食事の味も感じなかった。
フェリクスがいない世界など生きていても仕方がないとさえ思った。
一番悲しんでいたのはアグネスだったのだ。
ずっと泣いていた。
ずっとずっと、あの時自分が守っていればと後悔していた。
アグネスは王都に帰ってきてすぐに国仕魔法使いを辞め、山に囲まれた実家に引きこもってしまった。
心配した両親がアグネスの自室に度々話しに来たり食事を持ってきたりしたが、彼女の精神状態は一向に改善しなかった。
褐色の髪には艶がなくなり、目の下には濃いクマができ、元々華奢な身体はさらに痩せ細った。
そんな自堕落な生活が数ヶ月過ぎた頃。
初夏のある日、アグネスは窓の外をぼんやりと眺めていた。
と、若葉をまとった木がアグネスの視界に入った。
若葉はみずみずしく、生きようと必死に木にしがみついているように見えた。
アグネスは、若葉たちが自分とはまるで対照的だと思った。
……そう言えば、フェリクスもこんな瞳の色をしていた。
フェリクス……、フェリクス……。
一度彼を思い出すと、涙が止まらなかった。
あの優しい笑顔をもう一度見たい。
抱擁した時のあの温もりをもう一度感じたい。
次が最後でいいから、もう一度だけ、もう一度だけ彼に会いたい。
そこでアグネスははっとした。
ずっとアグネスはぐるぐる考えていた。
なぜ自分はこんなにもフェリクスの死を悲しんでいるのか。
アグネスは仲間や部下が死んだ場面に何度も遭遇してきたが、ここまで胸が締めつけられることはなかった。
こんなに痛い思いをすることはなかった。
その理由が、今わかった。
アグネスは、フェリクスを愛していたのだ。
あの優しさに、笑顔に、温もりに、いつの間にか恋をしていた。
死んで欲しくなかった。
共に生きて欲しかった。
また集まって一緒に飲んで、くだらない冗談を言い合って、笑い合いたかった。
なぜ今気づいたのだろう。
ああ、自分は本当に馬鹿だ。
彼もあふれんばかりの生命力を宿しているように思えていた。
違った。
彼は必死に生きようとしていたただの人間だったのだ。
この若葉のように、生きようと必死に剣を握っていた。
……なら、私が彼の分まで充実した人生を歩むべきではなかろうか。
彼も私を仲間だと思っていたのなら、私が悲しんでばかりの人生を歩むなど望んでいないはずだ。
アグネスはその日そう思い立った。
それからというもの、アグネスは国仕魔法使いに復帰し、前よりもさらに真剣に仕事に取り組んだ。
魔法の研究や開発にも、前よりさらに力を入れた。
全ては、ひとの役に立つため。 大切なひとを失い、自分と同じような悲しみを味わうひとを少しでも減らすため。
アグネスは毎日毎日、ひとのために尽くし続けた。
そのおかげで、後々自分が英雄と呼ばれることになろうとは、アグネスは露ほども知らなかったのである。