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季節は巡り、秋になった。
とある休日、エーファは実家の酒場を手伝っていた。
酒場の扉が開き、エーファは扉に向かって笑みを向ける。
「いらっしゃいま、せ……」
エーファは入ってきた客に驚いた。
黒いローブに、手首で光る赤い宝石。
間違いない。
エーファはすぐさま客に駆け寄り、小声で話しかける。
「どうかしましたか?殿下」
客—クラウスは美しい顔に笑みを乗せて言った。
「いや、仕事ではないんだが、この後少し出かけないか?忙しいならいいんだが」
エーファは店の中を見渡す。
今日は客もそんなに多くないから忙しくない。
しかし、許可を取らねば。
「両親に確認してきます」
エーファがそう言うと、クラウスは頷いて店の外に出た。
エーファは厨房に向かい、ルイーザとアンドリュースに話しかける。
「ねえ、これから出かけたいんだけどいい?」
エーファがそう言うと、ふたりは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑って頷いた。
「いいわよ。いってらっしゃい」
「今日はそんなにお客もいないし、楽しんでこい」
エーファはほっとした。
優しいふたりなら快諾してくれると思っていたが。
エーファは礼を述べ、一旦自室に戻って着替えると、店の外に出た。
クラウスは店の入り口のすぐ近くで待っていた。
エーファの姿に気がつくと、とろけるような笑みを浮かべる。
「エーファ」
温かい声だ。
エーファは自分の胸が高鳴ったことにも気づかずクラウスに笑いかけた。
「お待たせしました」
ふたりは並び、もう暗くなった道を歩き始める。
「それで、どこへ行くのですか?」
エーファがそう問うと、クラウスは笑みを深めた。
「決まってない。今日は気ままに歩きたい気分なんだ。君の好きなところにも寄りたい」
エーファは目を見開く。
彼がそんな自由なお出かけに興味があるとは思わなかった。
……いや、数ヶ月に一度王宮を抜け出していたくらいだから今更か。
エーファは笑って頷いた。
「わかりました。どこまでもお供します!」
エーファの返事に、クラウスは僅かに目を見張ると、くっくっくっと笑い出す。
クラウスがこんな風に笑うのは初めて見るので、エーファは驚いた。
「な、何かおかしかったですか?」
クラウスは笑いながら答える。
「いや、君がかわ……、何でもない。忘れてくれ」
クラウスは思わず言いそうになって口を噤んだ。
彼は何を言おうとしたのだろう。
かわ……、川?
今の会話に川が何か関係あっただろうか。
まあ、本人が忘れてほしいと言っているし、気にしないことにしよう。
「ところで、どこか行きたいところはあるか?」
クラウスにそう聞かれ、エーファはうーんと考えてみる。
そう言われると中々思いつかない。
強いて言うなら書店だろうか。
だが必ず行きたいわけではないし。
エーファはかぶりを振った。
「特に」
「そうか。なら俺の行きたいところに付き合ってくれ」
それからふたりはゆっくり歩きながら店に寄った。
書店や雑貨店などを見て回り、エーファは大いに楽しんだ。
あっという間に時間は過ぎ、家に帰る途中。
「ちなみに、君の誕生日はいつなんだ?」
ふとクラウスがそんなことを尋ねた。
「半年前です。春生まれなんです」
エーファの答えに、クラウスは残念がる。
「そうか……。では今からでは遅いな」
「え?」
エーファは驚いた。
と、クラウスは懐から小包みを取り出し、エーファに差し出した。
エーファは反射的に小包みを受け取る。
エーファはさらに驚いた。
いつの間にこんなものを。
「開けてもいいですか?」
クラウスは頷く。
エーファは小包みを縛る紐を解き、中身を取り出した。
それは華奢な首飾りだった。
チェーン部分は金色で、そこに着けられた小さなトパーズが輝いていた。
エーファが固まっていると、クラウスは言った。
「君はあまりそういうのは着けないかもしれないが、受け取ってくれたら嬉しい」
エーファは驚いていたが、はっとする。
嬉しい。嬉しいが。
「ありがとうございます。でも本当にいいのですか?」
かなり高価な物に見えるし。
クラウスはやわらかく笑んだ。
「ああ。受け取り難いなら今日付き合ってくれた礼とでも思ってくれ」
誕生日プレゼントにはできないしな、とクラウスは加える。
エーファは手に乗っている首飾りに視線を落とした。
黄色いトパーズは、朝の陽の光のようにきらきらと輝いている。
見ているだけで癒され、元気が出る色だ。
エーファの顔に笑みがこぼれた。
エーファは視線を上げ、クラウスを見つめる。
「ありがとうございます。それでは受け取ります」
「こちらこそ、今日はありがとう」
ふたりは笑い合った。
エーファは再びトパーズを見る。
……そう言えば、彼の瞳と同じ色だ。
たまたまだろうが。
「エーファ。良かったら、俺が今君に着けてもいいか?」
エーファは顔を上げ、躊躇わず頷いた。
「お願いします」
クラウスはエーファから首飾りを受け取り、彼女の後ろに回る。
エーファは長くやわらかな髪を前に持ってきた。
クラウスは首飾りをエーファの首に回すと、金具をとめる。
そしてクラウスはエーファの前に戻った。
エーファの首元では、黄色いトパーズが光り輝いている。
「よく似合ってる」
思わずして口から漏れた言葉だった。
エーファは嬉しくなり、花がほころぶようにふわりと笑む。
「ふふっ、本当にありがとうございます。嬉しいです」
途端、クラウスは彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。
彼女への気持ちがあふれる。
しかし、何とか理性を保ち、取り繕った。
ふたりは再び家路につき、クラウスはエーファを送って帰った。