テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
悔しくて悔しくて涙が止まらない。
駅地下のショッピングモールの中。ザワザワとした騒音、笑い声、そんな空間の中、階段の隅で私は涙を流している。
こんなところで泣いている自分が本当に恥ずかしくてたまらなく悔しい。
抑えられない感情、必死に手の甲で涙を拭く。
「穂乃果、大丈夫か?」
涙を流し続ける私を隣で支えてくれているのは、元カレだ。
低いけど、優しい声。
彼は私のことを心配してくれ、背中を擦っている。
「大丈夫じゃない」
久しぶりに弱音を吐いた気がする。
「ここじゃ目立つから。行こう?」
タクシーに乗り、連れて行ってもらったのは、私の憧れのタワーマンションだった。
私は目を擦りながら、マンションを見上げる。
「ここ、どこ?」
「俺の家」
ドクンと心臓が鳴る。
俺の家か。こんな良いところに住んでるなんて知らなかったよ。
高校の時は、イケメンで優しい最高の彼氏だと思っていた。
私と別れてから、いつからお金持ちになったの?
そんな疑問を抱きながらも、これ以上進んだら、罪になることを考える。
私は結婚していて、まだ離婚はしていない。
元カレの家に一人で行くなんて、不貞行為になってしまうかもしれない。
《《あいつら》》と変わらなくなってしまう。
歩くことを止めた私に彼は
「そうだな。ここから先は、世間的には罪になるかもしれない。俺はそれでもいいって覚悟で穂乃果を連れてきた。どうする?」
そう問いかけた。
彼の言う通り。ここから先に進めば、絶対男女の仲になる。
「俺だったら今度は絶対、穂乃果を泣かせたりはしない。約束する」
彼が私の両肩を掴み、そう耳元で囁いた。
ズルい。弱っている私にそんなこと言うなんて。
私の性格、やっぱりわかっている。
私が欲しかった言葉を簡単にあなたは言ってくれるんだね。
「もう、戻らない。だから約束して。私のことを今度は幸せにしてくれるって」
心のどこかでは、もう旦那とは終わりだって思っていた。
だから決心はつく。この選択に後悔はしないと。
私は自分の気持ちじゃなくて、世間からの目を気にしていただけなんだ。
「ああ。約束する」
彼は私の手を繋ぎ、マンションへ連れて行ってくれた。
ーーー
3か月前――。
<またのご来店をお待ちしております>
施設内に閉店の音楽とナレーションが流れ、足早に買い物を済ませようとするお客様が増えた。
「ありがとうございました」
支払いが済んだお客様をお店の出口まで送ると、ショップの先輩スタッフに声をかけられた。
「山添さん、今日、最後までお願いしても大丈夫?私、子どもの具合が悪くて」
そうだったんだ。
先輩も遠慮せずに早く言ってくれれば良かったのに。
「はい。大丈夫です。定時で上がってください」
「ありがとう。ごめんね。この前も頼んだばかりなのに……」
「そんな!気にしないでください。お互いさまですから」
なんだ、この前も代わったことを気にしてくれていたんだ。
私は構わないけど、中には気にするスタッフもいるからな。
私、|山添 穂乃果《やまぞえ ほのか》、三十四歳は、駅に直結する大型商業施設のアパレル店員として働いている。
今日、ちょっと帰るのが遅くなるって|隼人《はやと》に伝えておこう。
夫の隼人は二つ年下で、今はほとんど家にいることが多い。
<残業で帰るの遅くなる>
メッセージで連絡をした。
お客様が完全にいなくなってから、閉店準備をする。
特に今日は問題なく帰れそうだけど。
一人での作業になるから、やっぱり時間はかかるよね。
帰宅をするために混雑している電車に乗る。
スマホを見るも、隼人からは返事は来ていない。
結婚して二年が経った。
新婚ではないけれど、<お疲れ様>の一言くらいほしいと思ってしまうのは、私の感覚がおかしいのかな。
五階建てマンションのオートロックを解除し、エレベーターで三階のボタンを押す。
「ただいまー」
カギを使って部屋を開け、玄関で靴を脱ぎながら声をかけるも返事はなかった。
また部屋にこもっているの?
夕ご飯は準備してくれているのかな?
返事がないのは、最近ではいつものことになった。
とりあえず洗面台に行き、手洗いをしようとした時だった。
「なにこれ!」
洗面台が絵具で汚れている。
隼人の使っている絵具、落ちにくい素材だから、汚れたらすぐに洗ってほしいのに。
必死でスポンジと洗剤を使って汚れを落とし、周りを拭いた。
「良かった。落ちた」
この洗面台はマンションの備品だ。
もし退去する時に汚れていたら、費用がかかるかもしれない。
それくらいわかるはずなのに。
「ちょっと隼人!洗面台汚れていたよ。絵具使ったら、きちんと落として。何度も言っているよね!?」
声を大にしながら、部屋にいるはずの隼人に声をかける。
自室から出てきた隼人は、明らかにうるさいという表情で現れた。
「帰ってきてすぐ怒るとか。しょうがないじゃん。俺だって仕事で使ってるんだから」
「仕事で使っているのは知っているけど。仕事だったらなおさら、最後まで責任持って洗ってよ。私、当たり前のことを言っているだけだよ」
隼人は、面倒くさそうに「はいはい」とだけ返事をした。
私だって仕事から帰ってきたばかりだ。
それに最近、残業も続いて疲れている。
普通のことを普通にしてほしいって思う私がおかしいの?
コメント
3件
煉彩さん、第1話読ませていただきました。 冒頭の、駅地下で涙を流す穂乃果さんと、隣で背中を擦る元カレの距離感、すごく沁みました。「大丈夫じゃない」って言える相手がいることの尊さと切なさがじんわり伝わってきて……。一方で現在の夫との温度差——洗面台の絵具の場面、あの「はいはい」の一言に日々の疲れがぎゅっと詰まっていて、胸が苦しくなりました。この先、穂乃果さんがどんな選択をするのか、気になって仕方ないです。続きも楽しみにしています🌷
#異世界転移
新城かいり
76
ami@低浮上
31
#溺愛
星キラリ

5,674