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ジェシーは馬車の中にいた。

目的地はソマイア領地内にある、魔塔。そこにいる魔術師に用があったからだ。


本当は二日前に向かうつもりだったのだが、三日前ヘザーが帰り際に言った言葉を聞いて、考え直した。


『ジェシー様の行動に、カルロ様が怪しまれておりました。なので、頻繁に人を呼ばない方が、よろしいかと』


つまり、カルロだけではなく、両親はもとより使用人たちも、怪しんでいると思った方がいいということだ。


それならば、こちらから行けばいい。という単純な話だったらよかったのだが、公爵令嬢という立場が、それを許さない。


「平民の時は、突然訪問したり、何も言わずに出かけたりしても、問題なかったのよね」


思わず頬杖をつき、回帰前のことを呟いた。そう、貴族だからそれが出来ないのだ。


他家へ訪問する際、緊急を要さない時以外は、事前に連絡を入れなければならない。客人が訪問先の者より身分が高いのなら尚更のこと。それは出迎える準備などが必要だからだ。

逆もまた然り。失礼に値するばかりか、馬鹿にされ兼ねない行為ともいえる。


それも踏まえた上で、ジェシーは三日後に伺う旨を、魔塔に居る魔術師、ユルーゲル・レニン伯爵令息宛に、手紙を送っていた。


「そういえば、魔塔に行くのも五年振りね」


ジェシーは手に顎を乗せ、窓の外に目を向けた。すでに馬車は、首都から大分離れた所を走っているようだ。窓から見える光景は、緑一面、雑木林の中だった。


ソマイア公爵家は、ゴンドベザーの西側に領地を賜っている。首都にある邸宅からは、馬車で行けば六日はかかる距離。しかし、ジェシーは六日間、馬車に乗るつもりはなかった。


「お嬢様。到着しました」


着いたのは、首都から馬車で三時間ほどかかる場所にある、ソマイア公爵家の別荘。到着と同時に、ジェシーは休憩も取らず、別荘内を足早に移動する。


エントランスを抜け、奥へ奥へと廊下を歩く。そして行きついた先は、他の部屋と同じ造りをした扉。けれど、その扉の前にだけ使用人の姿があった。


ジェシーを確認すると、使用人は一礼して扉を開けた。中には、すでに魔法陣が準備された状態だった。そう、これは直接魔塔に繋がる転移魔法陣である。


「いってらっしゃいませ」


使用人に見送られながら、魔法陣を起動させたジェシーは、一瞬で魔塔に到着する。所要時間は、たったの四時間弱だった。



***



「ジェシー様。お待ちしていました」


魔塔内にある転移魔法陣の部屋を出た途端、ユルーゲルが出迎えてくれた。


「ありがとう。でも、忙しいのではなくて?」


ユルーゲルには、小型の通信魔導具の作成以外にも、頼んでいることがあった。それはシモンがくれたヒント、『鈴蘭』のある紋章を調べてもらうこと。


本来なら、私が調べることなんだろうけど。家族や使用人たちが怪しんでいる今、なるべく控えた方がいいと思って、前もって頼んでおいたのよね。

魔導具を受け取る時に報告も聞けるし、さらに先日ユルーゲルを呼んだから、魔塔に行くこと自体は怪しまれないはず。

だけど、あれもこれもと、面倒事を押し付けたような気がして、何だか悪いことをしてしまったわ。ユルーゲルが快く引き受けてくれるものだから、考えが及ばなかったけど。


「いいえ。出迎えに行けないほどではありません。それに、ジェシー様からの要望は、すべて終えていましたから」

「早いわね」


感心して言ったのだが、ユルーゲルの表情はあまりよくない。その反応にジェシーが不思議そうに見つめると、バツが悪そうに目を逸らした。


「実は、その、気になったことがありまして、そちらの方をちょっと調べていたんです」

「別に貴方のことだから、深入りしたとしても、咎めたりしないわ」

「……私は手を引くことをお勧めします。わざわざ関わる必要はないかと」


ユルーゲルも、ロニやサイラスと同じことを言う。けれど、すでに他の者たちを巻き込んでしまっている。


「もう引くことはできないの。だから頼んだことも含めて、報告してちょうだい」

「……分かりました。では、閲覧室に一緒に来ていただけますか?」

「閲覧室?」


研究室ではなく? と首を傾げた。


閲覧室とは、魔塔にある図書館の蔵書を読む部屋のことを指す。

ここの図書館は蔵書が多過ぎるため、直接魔術師が本を探すことができないようにされていた。

それは探す手間がかかるという理由もあるが、何日も図書館から出てこない魔術師が続出したため、このようなシステムになったと言われている。

よって、司書を経由しなければ、手に取ることができなくなってしまったため、持ち出し禁止図書などは、閲覧室を使用しなければならない。


「もう調べ終えているのなら、わざわざそこへ行く必要はないでしょう。それとも、別のことが関係しているの?」


そんな用件だったかしら、とジェシーが考えを巡らせていると、ユルーゲルが申し訳なさそうな声を出した。


「違うんです。その、私の研究室はちょっと、ジェシー様をお迎えできる状態ではないので……」

「貴方、そんなことのために、閲覧室を使うというの!?」

「申し訳ありません」

「何のために、事前に連絡を入れたと思っているのよ、まったく!」


すると、魔塔一の天才魔術師は小さくなり、再度謝罪の言葉を口にした。


ジェシーの前では、天才魔術師といえども一人の男だった。思いを抱く相手を、汚い部屋に招くほどの勇気は持ち合わせていなかったのである。


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