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須藤百貨店の地下一階、食料品売場に姉の麗音と麗はいた。
須藤デパート佐橋児童衣料梅田店の新装開店がいよいよ明日に迫り、社長自ら須藤百貨店で最後の調整をしており、今は休憩中だ。
社長秘書の末席を用意された麗は、姉に連れられエスカレーターを降りてすぐのところにあるジェラートバーで、ジェラートを食べていた。
地味なパンツスーツ姿で、洒落っ気といえば、首にスカーフを巻いているだけなのに今日も姉は圧倒的に美しい。
「これ、美味しいわ」
姉がスプーンを口元に持ってきてくれたので、麗は食べた。
こんなこと、今までしたことはなかった。
「ほんまや! めっちゃ美味しい」
麗は笑顔を作った。
そして姉が望んでいるであろう通りに、いかにも仲よさげに、はい、あーんと今度は姉に麗が食べさせる。
「ねえねえねえねえ、あの人、ほら、子供服のとこの女社長じゃない?」
「うわ、めっっっちゃ美人! ってことは今食べさせてるのが溺愛されてる妹さんちゃう?」
姉の狙い通りなのだろう、ここは駅に繋がった人通りの多い須藤百貨店の食料品売場だ。
すっごい美人! スタイル良すぎ! 綺麗! 妹もよく見たら可愛い! と、すぐさま、姉を目当てに人だかりができ始める。
スマホのカメラを向けてくる人がいて、シャッター音がした。
「おや?」
姉が首に巻いていたスカーフを外して麗の目元だけ残して顔を隠すと、カメラを向けた若い女性の元へ行った。
「すまない、妹はやっと一般人に戻れたんだ。私はいくら撮ってもらっても構わないが、妹が写っているのなら消してもらってもいいだろうか?」
美しすぎる姉に話しかけられたからだろう、相手は圧倒され、コクコクと頷き、スマホを操作する。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ、ごめんなさい。えっと、あの、一緒に撮ってもらえますか?」
「勿論」
姉がにっこり微笑み、若い女性にひょいと近づき、自撮りに付き合う。
すると次から次へと姉と一緒に写真を取ってもらう人やカメラを向ける人が群がる。
さながら、動物園のパンダのようだ。
姉は計略通り、一躍、時の人となっていた。
件の経済番組でシスコンの女社長とネットで人気が出始め、地上波のゴールデンタイムの工場見学番組にも自ら案内役として出演した。
結果、その圧倒的な美しさと、父親に不当に会社を追い出されていたという境遇で世間の話題を掻っ攫った。
ワイドショーは軒並み連日、姉を取り上げて、父を報道したときとは正反対に美貌の女社長と持て囃し、麗は腹違いにも関わらず寛大にも可愛がってもらっている妹として存在が取り沙汰された。
名前や顔までは出ないものの、父のときと同じように、愛人の子として紹介され、幸運にも姉のおかげで須藤ホールディングスの御曹司に見初められたシンデレラのような女性という扱いだ。
麗は姉の姿をぼうっと見ていた。いつもなら見惚れるはずなのに、ただただ見ていた。
あの人たちは、よくあの美しすぎる姉と並んで写真を撮りたいと思うものだ。自分の凡庸さが際立つから麗ならごめんである。
そもそも姉もこうやって麗の顔を隠すのなら最初からこんな場所に連れてこなければいい。
それがわからない人ではないし、これは、妹を庇う優しい姉を演出するための一連の行為なのだ。
きっと今のことも報道されるのだろう。
麗は頭を小さく振った。
この間から自分はおかしい。姉に反感を抱くだなんて思い上がりも甚だしいのに。