テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
――三日前――
「……ふぁ、おはよぉう」
欠伸をしながら歩いてきた久我晃一は、髪も整えずにまず、食卓に腰を掛けた。二人で使うには少しばかり大きいそのテーブルには、既に朝食が置かれてある。
「おはよう。手抜きだけど許してね」
「いや、ありがたいよ。こうして作ってくれるだけで」
久我美蘭は嬉しさを隠さず素直に照れる。彼女の言うところの手抜きの朝食。それは少し見ただけで、夫の事を想って作ったことがうかがえる。トーストではあるのだが、皿には野菜やウインナー、卵なども並んでおり、栄養的には特に問題はない。もう婚約から三年。今振り返ればあっという間ではあるが、本当に数々の変化のあった、大変な三年であった。
「人事の仕事はどう。異動してから、もう一ヶ月でしょ。そろそろ慣れてきた?」
「正直言って全然だね。入社二年で人事部にってのもあって、妙な期待されてるみたいでさ」
「えー、すごいじゃん。期待されてるんだ」
「いや、でも、全然それに応えられてなくて……」
「そっか。でも良いんだよ、自分のペースで。私はどんな時でも、晃一を応援してるから」
「……ありがとう、で良いのかな? 今をときめく急上昇動画投稿者さんに言われると、なんだか説得力があるような、無いような?」
「嫌味ですかー、そうですかー」
「いやいや、俺は本当に凄いと思うよー」
ムッと口を尖らせた美蘭を宥めるように言う。すると、呆気なく彼女は笑顔になった。
今、玄関にいる晃一は、寝起きとは似ても似つかないほどちゃんとしていた。安物ではない、シルエットの立ったスーツに青のネクタイ。ワックスで流れを持った髪。靴ベラを使う、その何でもない後ろ姿からは確かな威厳を感じる。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
音の立たないように、外へ出ると扉を静かに閉めていく。その晃一の唇は僅かに釣り上がり、震えていた。本当に寝起きとは似ても似つかない、下衆な笑みがそこにはあった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!