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第一章:放課後、体育館の隅で
「赤葦〜!今日の練習、最高だったな!」
夕暮れの光が差し込む体育館。汗で濡れた髪をくしゃくしゃにしながら、木兎光太郎はバレーシューズの紐を緩めた。声が大きいのはいつものことだが、今日はいつにも増して機嫌が良さそうだった。
「声、もうちょい抑えてください。監督に『鍵閉めるよ〜』って言われてますよ」
赤葦京治はマネージャーが置いていったタオルを拾いながら、木兎に苦言を呈す。でも、その声はどこか柔らかかった。怒っているわけではない。むしろ、慣れている。というより、ほとんど“愛想”。
「だって!今日は赤葦のトスがすっげぇ良かったからさ〜!もう最高のスパイクが打てたもん!」
「それは木兎さんがちゃんと助走取ったからですよ。……珍しく」
「おぉい!いま絶対“珍しく”って言っただろ!」
「言いましたけど、なにか?」
「素直すぎるだろ〜!?まぁ、そこも好きなんだけどな……!」
「……っ、木兎さん」
その“好きなんだけどな”が、少し大きすぎる声で飛び出した。体育館の隅で片づけをしていたほかの部員たちが、ぴくりと反応する
赤葦はすかさず距離を詰め、木兎の腕を掴んで耳打ちした。
「だから、声、抑えてくださいって言ってるじゃないですか」
「あっ……つい、ついさ……ごめん……」
「ほんとに……。僕たち、まだ誰にも言ってないんですよ?」
「うん……でも、バレてね?もしかして」
「バレてないです。たぶん。俺の努力で」
「赤葦、さすが〜〜!!……やっぱ好き!!」
「……木兎さん」
「ごめんて!!」
二人の間には、秘密がある。
それは、「赤葦と木兎は付き合っている」ということ。
いつからか――正確に言えば、インターハイ予選の前くらいからだったと思う。練習帰りの河川敷で、なぜか沈んでいた木兎に「いつもと違いますね」と声をかけたのが始まりだった。
それから、少しずつ距離が縮まって、言葉にしないまま心の距離は近づいて、やがて木兎の方から「付き合ってみる?」と破天荒な告白をしてきた。
意外と、赤葦は断らなかった。
「ねぇ、赤葦。今日、帰りさ、ちょっとだけ寄り道していい?」
「どこですか?」
「んー……駅前のたい焼き屋!」
「……また甘いものですか」
「疲れたあとには糖分が必要なんだってば!」
「それは否定しませんけど……俺の分も買ってくれるなら」
「買う買う!!二個買って、一個ずつ半分こしよ!」
「それ、意味あります?」
「あるって!……“一緒に食べる”のが、いいんでしょ?」
「……ほんとに、そういうとこだけずるいですね、木兎さん」
体育館を出る頃には、すっかり夕日が赤く地面を染めていた。
二人並んで歩くその距離は、恋人同士にしては少し離れている。
けれど、心の距離はきっと、誰よりも近かった。