コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ドクン、ドクン、と今までにないくらい早い心音が聞こえる。
身体が重い鉛になったみたいに動かない。それでも私は足を動かす。
ググ、ズズズッとゆっくり身体は動き出した。
うまく呼吸ができず、そして身体が動かないことに焦りと不安が渦を巻く。
まるであの小屋に行ってはならないと本能的に察知しているようだった。
落ち着けと自分に言い聞かせながら、それでも言うことを聞いてくれない身体を無理やり動かす。
靴を履くのも忘れて、私は駆け出した。
「……っ…」
大丈夫、大丈夫と暗示するように走った。
何かに責め立てられるように、呼吸をするのも忘れて走った。
怖い、怖い、怖い、怖い。
小屋になんか行きたくない。 それでも行かなきゃならない。
そう、私の中の何かが訴える。
気が付けば私は裏山にいた。 小屋を目指して、ただただ走る。
道のりは私が一番よく知っている筈なのに、何故か何回も道を間違えてしまう。
右に、左に、左、また左。そして右。そのあとは――
まるで夢の中で走っているかのように、目の前がはっきりとしない。
「は、っ…は…ぁっ」
ようやく小屋にたどり着くと、駆け込むように中に入る。
「…ライラ…!」
小屋の中をぐるりと見回す。だが、ライラはいない。
朝の散歩に出かけたのだろうか。
山菜を採りに行ったのだろうか。
裏山の洞窟に行ったんだろうか。
答えはそのどれでもなかった。
こつん、と素足が何かに当たる。
「…ぁ……ラ、イ……ラ」
そこにあったのは、見るも無残な傷だらけのライラだった。
ライラは幸せそうな、優しい顔をしている。目尻に涙の伝った跡があった。
「…う、そだ…ぁ」
はは、と乾いた笑みが零れる。
可笑しいよ。 こんなの、可笑しいだろ。
「ライラ、ライラ、ライラ……!あぁぁぁぁあああああ!ライラァァアアア!!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。
叫びながらも、私はライラの遺体を見る。
ぐっと握られた手には、踠き苦しんだのか、爪が食い込んでいた。
口から乾いた赤い血が伝っている。ライラの血だ。恐らく死因は毒殺である。
こんな状況でも冷静に状況分析が出来てしまう自分に、やはりどこか可笑しいのだと思う。
「どうして…?」
どうして?そんな事、考えなくてもわかる事だ。指輪のせいだ。それ以外にない。
お母様だ。お母様が殺したんだ…!!
どうしてライラに気付いた?どうして?ライラの存在は誰も知らない筈だ。
私の信用しているばあやでさえも。
「…あぁ、そういうことか」
あはは、はは、と乾いた笑い声が響く。
お母様は、私の行動なんて全部、お見通しだったんだ。
私がライラにパンをあげていることも、昨日指輪の話をしたことも。
許せない。許せない。許せない!許さない!!
殺してやる!! よくもライラを!!
よくも、よくも!
「よくもライラを!!」
殺してやる。必ず、必ず殺してやる!
許さない、許さない!
「ライラを殺したのと同じ方法で、お前も、お前たちも全員、殺してやる!!」
その時、私は初めて、憎しみというものを知った。