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築何年かも分からない、古いアパート。
階段を上がり、一番端の部屋まで行くと予想通り落書きだらけのドアがあった。
たくぱん(また書かれてる····)
たくぱん「消すか」
雑巾を手に取り、拭いていく。
すぐに消えるものもあって、きっとさっきまで書かれていたのだろうと推測できる。
たくぱん(まじで何人が書いてんだよ····)
山田「なーなー」
たくぱん「え?」
誰だろう。
まぁどうせ冷やかしだろう。
山田「なんでここいっつも落書きされてんの?」
たくぱん「さぁ?俺のこと嫌いだからじゃない?」
山田「へー」
山田「手伝ったるわ」
たくぱん「····おにーさんも同じ目に遭っちゃうよ?」
山田「別にえーよ」
山田「別に山田はお前のこと嫌いじゃないし、こんな事しとるやつのほうが嫌いやから」
たくぱん「····そう」
噛み合っていそうで、少し噛み合っていない会話。
こいつの頭が悪いのか、話を聞いていないのか、それともこいつが変なやつだからなのか。
たくぱん(何でもいいか)
どうせ今だけだろうから、深く考えずに彼の優しさを受け取っておくことにした。
山田「また書かれとるやんw」
たくぱん「また来たのかよ····」
山田「そんな事言うなや。手伝ったるんやから」
たくぱん「まぁそれはありがとう」
山田に雑巾を渡す。
いつも通り、文字を消していく。
たくぱん「····お前は、こういう事されてない?」
山田「ん?おう」
山田「心配してくれとんの?やさしーw」
たくぱん「うるせぇな」
少し安心した。
優しい人が傷つけられるのは、耐えられなかったから。
たくぱん「買い物行かなきゃなー」
面倒くさい。
だが冷蔵庫の中身がもう空っぽなので行かなければいけない。
たくぱん「いや、今日くらい良くね····?」
なんて言うが、さすがにやめておこう。
明日も同じ事を思ってしまう可能性があるから。
靴を履き、欠伸をしながらドアを開ける。
その瞬間に、腹部にとてつもない痛みが走った。
モブ「死ね殺人鬼」
それだけ言うとすぐに逃げてしまった。
たくぱん(お前だって刺してんじゃねぇか····)
声が出なくて、心の中でそう文句をたれる。
たくぱん(多分死なねぇだろ)
ドアを開けた瞬間だったこともあり、致命傷にならない所を浅く刺された。
それでも血はだらだらと垂れているので、失血死はあり得るかもしれない。
山田「たくぱん!?」
山田「大丈夫!?え?ちょっ、今救急車呼ぶから待ってな」
たくぱん(それは、やめて····)
弱々しく、山田の服をつかむ。
たくぱん「ゃ···め、て···」
山田「え?でも···」
たくぱん「ぃい、か、ら····」
山田「····じゃあとりあえず中運ぶな」
見つかったのが、山田でよかった。
山田「なんで輸血なんてあんねん····」
たくぱん「もしものためだよ」
山田「···なんでお前こんな目にあってんの?」
たくぱん「俺が、殺人鬼だって言われてるから」
たくぱん「昔、連続殺人事件があったんだけど、その時に俺が疑われた」
たくぱん「結局決定的な証拠がなくて捕まらなかったけどね」
山田「じゃあ、お前が虐げられる理由なんてないやん····」
たくぱん「····でも、ここは疑われただけで理由になってしまうから」
なんでもないことのように言う。
それでも、何かが山田に伝わったのか抱きしめられる。
たくぱん「どうしたの?」
山田「頑張ったな」
たくぱん「····なにが?」
山田「泣いてもええんやで」
たくぱん「····」
山田「お前がこんな目にあわなきゃいけへん理由なんてない」
山田「たくぱんは、偶々疑われただけなんやから」
山田「山田は、お前が殺人鬼なんて思わん」
少し、涙がこぼれる。
我慢していたものが、溢れ出てくる。
さしぶりに人の優しさに触れた気がした。
それが本物であることを願って、先程も使われた包丁を手に取った。
違う。
彼の優しさは違った。
内蔵までふんふわで、死に際まで優しい彼なんかじゃなかった。
たくぱん「なんで····? 」
すでに冷たくなってしまっている彼には、優しさなんて微塵もなかった。