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「この、新刊のインクの匂いがいいんだよな。なんだか落ち着く」
わたしが手さげ袋を二枚重ねにして、彼が買ってくれた本を中に入れているあいだ、玲伊さんはレジ前の台に置いてある漫画の雑誌をパラパラめくっていた。
発売直後の漫画は昔からレジ前が定位置で、子供のころも、祖父の目を盗んで、三人でよく立ち読みしていた。
雑誌を元の位置に戻した玲伊さんがこっちを見て、言った。
「優ちゃんもたまにはうちの店に顔出せよ。スペシャルオファーでやってあげるから」
「いいです。わたしなんか、どうせ、どんな髪型にしても、たいして変わらないですから」
わたしの返事を聞いた彼は、カウンター越しに人差し指を立てて目の前に差し出した。
わ、な、なに?
玲伊さんはその指をわたしの口元に持ってきた。
「『どうせ~』とか『なんか』は口にしたらだめな言葉だよ。百害あって一理なし」
「そんなこと、言われても」
「ここに来るといつも、もったいないって思うんだよ。優ちゃん、髪型やメイクを変えれば、だんぜん可愛くなるのにって」
そう言いながら、わたしの前髪を長くしなやかな指先で整えてくる。
だから……そんなふうに触ってくるから困るのだ。
わたしは邪見に彼の手を払った。
「余計なお世話です」
さすがにきつい言い方だったかなと思ったけれど、玲伊さんは気を悪くする様子もなく、余裕の笑みを浮かべている。
あー、そんなふうに目を細めて微笑まないで。
その笑顔、強力すぎる武器なんだって、わかってないのかな、この人。
「じゃあね、また来るよ」
「あの」
帰ろうとする彼に、わたしはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「何?」
「なんでいつも、わざわざうちに本の注文してくれるんですか? ネットのほうが断然早いのに」
わたしの言葉が終わらないうちに、彼はレジカウンターに1歩、近づいてきた。
そして、年代もので傷がつきまくっている木製カウンターの上に片肘をついて顎を乗せ、わたしをじっと見つめてきた。
わ、なになに?
「理由、聞きたい?」
「は、はい」
返事をすると、彼はなぜか、かすれた甘い声で囁きかけてきた。
「俺、優ちゃんに会いに来てるんだけど」
砂の一粒分さえも考えていなかったことを臆面もなく言われ、わたしはしばし絶句した。
だから、困るんだって!
こうやって、いつも思ってもいないことを口にして、わたしをからかって遊ぶんだから、この人は。
「またまた。そんな心にもないこと」
「そんなこと、ないって」
彼は目を逸らさずにいう。
もう、まともに目なんか見られない。
「そんなこと……あるはずないし」
赤面して俯くわたしを見て、彼は嬉しそうに目を細めた。
「ははっ、優ちゃんはやっぱり可愛いな。顔、真っ赤だよ」
ほら! やっぱり。
また、からかわれた。
わたしはふくれっ面をした。
「もう、玲伊さん、ふざけすぎです」
「ごめん、ごめん。でもそういう顔、させてみたかったんだよ。昔の優ちゃんみたいだ。最近、怖い顔でにらまれてばっかりだったから」
「昔の?」
「ああ、ここで浩太郎と三人で遊んでいたころのね」
玲伊さんは分厚い本の入っている袋をひょいっと持ち上げた。