テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第10話「グレイズと火花」
> 「このドリル、喉元まで届くぜ」
赤茶の三つ編みをなびかせ、カンナはゴーグル越しに相手を見据えた。
回転しはじめた《吠える爪》のドリルが、空気ごと裂き始めている。
視線の先には、グレイズ。
銀灰の髪は風に吹かれ、焦げた軍コートの裾が炎のように揺れていた。
片目の赤い義眼には熱も怒りもない。ただ、鋭く“静かに刺す”ような光。
「それで喉を狙うなら、こっちは心臓をぶち抜くまでだ」
彼の背から引き抜かれたのは、巨大な爆砕杭《タナトラ》。
刃の代わりに爆芯を内蔵した鉄の塊。
火を纏いながら、ゆっくりと構えられる。
――崖の上、吹きすさぶ風。
その下では、地脈が静かに震えていた。
先に動いたのは、カンナだった。
ギアノートの勢いを乗せて跳び出す。ドリルを斜めに構え、火花の回転とともに踏み込み――
ガギィィィン!!!
金属と金属がぶつかる音が、火の帯を生む。
杭とドリルがすれ違い、粉塵が爆ぜる。
「お前の掘削は甘い。聴きすぎだ。鉄が唄ってるって? ……そりゃ妄想だろ」
爆砕杭が地面に叩き込まれると、土と金属片が吹き飛んだ。
グレイズは爆圧を自分の背に受け、逆方向へ跳ぶように突進する。
カンナは、吹き飛ばされながら体を捻り、ドリルを逆手に構え直した。
「唄ってるよ。耳じゃなくて、体で、心で!
だから“ここ”はまだ怒ってない――あんたの杭が泣かせるまでは!」
ドリルの角度が変わる。
先端が火を纏い、軌道上に螺旋の火線を描く。
グレイズは眉をひそめた。
彼の杭が再び叩きつけられた瞬間、
カンナのドリルがそれを下からすくい上げるように迎撃した。
轟音。
火雨。
爆圧の中、ふたりのシルエットがぐらりと揺れる。
「なんでそこまでして掘る?」
グレイズの声が、爆風の奥から届く。
「金が欲しいなら、略奪すればいい。
土地が欲しいなら、砕けばいい。
なのに――なぜ“聴く”必要がある?」
カンナは応えない。
代わりに、ドリルの回転数を限界まで上げた。
風が逆流し、火花が吹雪のように舞い上がる。
その中で、彼女は静かに口を開く。
「……誰かが、ここで掘ってた気がするからだよ」
グレイズの義眼が微かに揺れる。
「……なんだって?」
「知らない誰かが。
もういない誰かが、ここを“好きで”掘ってた気がする。
だから、あたしは続きをやりたいだけだよ」
ドリルを、まっすぐ構える。
「金属の下に、“その気配”がまだ残ってるから」
静寂。
そして、地の奥から“かすかな反響”が届く。
> ……カン、カン、と響くような錯覚。
まるで、かつての誰かが、“いま”もそこにいるかのような手応え。
グレイズは、杭をゆっくりと肩に戻した。
「……それが、てめぇの“掘る理由”ってわけか」
「そう。
奪うんじゃなくて、“確かめたい”ってだけ」
風が吹く。
火花が地面に降り、やがて熱が収まっていく。
グレイズは背を向ける。
「じゃあ……それがどこまで届くか、見せてもらうよ。次は戦争になるかもしれねぇ」
「そのときは、こっちのドリルで答えるよ」
ふたりの背中の間で、金属の火花だけが残っていた。
そしてその火の粉の奥、
地面の下から“何かがいたような気配”が、まだ微かにくすぶっていた。