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第11話「鉄が見た夢」
> 「……あれ? この風、前にも感じたような……いや、ありえないって」
そうつぶやいたのは、キイロだった。
彼はギアノートの外壁にもたれかかりながら、濡れた額を拭っていた。
黒い整備服の袖は泥まみれで、髪も油に濡れている。
けれど、その灰色の瞳だけが、どこか**“今じゃない風景”**を見ていた。
遡ること数時間前。
うきまち郊外、**地下採掘孔《テシカ坑》**の底。
カンナはゴーグル越しに前方の壁面を覗き込んでいた。
赤茶の三つ編みは泥と鉄粉に塗れ、背中のドリル《吠える爪》はすでに鈍く熱を帯びている。
「これ……光ってる」
壁の中に埋もれていたのは、青白く脈打つように光る金属片。
波のように、ゆらゆらと、見ているだけで“何かを思い出しそうになる”。
「キイロ、掘るよ」
「了解。音、綺麗だよ。これは……正確に穿てば、割れないはず」
カンナはゆっくりとドリルを起動させた。
――ウィイイイイイ……
その回転は、まるで眠っていた記憶を起こす子守唄のような音だった。
刃先が光の鉱層に触れた瞬間、
爆発でも悲鳴でもない、風のような響きがカンナの身体を通り抜けた。
「今、なんか……誰かが、背中に触れた気が……」
「……オレも」
キイロの声は震えていた。
彼はそのまま、ゆっくりと目を閉じる。
——そして、夢を見た。
砂嵐に包まれた金属の街。
ドリルの音が遠くで唄い、人々が鉄でできた階段を昇り降りしている。
赤いスカーフを巻いた少年が、掘削機を整備しながら「こっちの道は昨日掘った」と笑っている。
街の空気が、温かい。
誰も戦っていない。
掘る理由は、生きるためだった。
——その夢の最後、振り向いた少年の顔が、ふいに、キイロ自身に重なった。
「……誰かの夢を、掘り返した気がする」
そう言って目を覚ましたキイロの顔は、どこか涙のあとに濡れていた。
ミレが真剣な顔で計測装置を見ながら言う。
「この金属……記憶伝導率が高すぎる。ドリルの振動で“残留感覚”を引っ張り出してる」
「じゃあ、あたしたち、誰かの記憶の中をドリルで通ったってわけ?」
カンナは、そっとドリルに触れた。
> ……確かに、いた。
いたような気がする。
音じゃない。温度でもない。
ただ、“そこに誰かがいた感じ”だけが残ってる。
そのとき、上層から爆音。
敵対掘削団《エムブレ隊》が坑道を逆流してきた。
「奪う気か!」
カンナは跳ね起き、吠える爪を肩に回し込む。
「この鉄は、眠ってたんだ。あたしたちが起こしたんだ。
だから、連れて行かせるもんか!」
ギアノートが起動、ドリルが光の残響を纏って回転し始める。
砲火のなか、カンナはまっすぐに突進した。
“記憶ごと切り裂くように”、火の螺旋が坑道に走った。
戦闘が終わったあと、カンナは金属片をそっと拾い、腰のポーチに収めた。
「名前も、姿も、全部忘れていい。でも、ここに“誰かいた”ことだけ、忘れたくない」
ヤスミンが足元で小さく鳴く。
風が吹き、坑道の奥で、かすかに“夢の中の唄”が響いた気がした。