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神殿の最奥。
スペクターの私室。
赤いシルクハットを被った支配者は、どこか上機嫌だった。
背中に何かを隠しながら、にこにこと部屋へ入ってくる。
「Mowl。」
「はい、スペクター様。」
ソファで紅茶を嗜いでいたMowlは静かに立ち上がる。
黄色いリボンを整え。
マントの皺を払う。
モノクルを指先で押し上げると、優雅に一礼した。
「君にプレゼントがあるんだ。」
「プレゼント、でございますか。」
「うん。」
スペクターは満面の笑みで背中から取り出した。
一本の猫じゃらしを。
鳳凰の羽を模した豪華な飾り。
極上シルクの羽根。
小さな銀の鈴。
人間界でも最高級と呼ばれる逸品だった。
「今日のゲームは最高だったからね。」
「ご褒美。」
「いつも可愛いMowlへのプレゼントだよ。」
Mowlは数秒見つめる。
それから小さく咳払いをした。
「……コホン。」
「スペクター様。」
「お気遣い。」
「誠に光栄にございます。」
両手を前で重ねる。
背筋を伸ばす。
「しかしながら。」
「私めは。」
「FORSAKENに仕える紳士。」
「野良猫のように玩具へ飛び付く趣味は。」
「生憎持ち合わせて——」
シャカッ。
スペクターが何気なく猫じゃらしを振った。
鈴が鳴る。
「ちりん。」
羽が揺れる。
ふわ。
ふわふわ。
Mowlの言葉が止まった。
「……。」
「Mowl?」
黒い瞳が。
じわりと丸くなる。
耳がぴくり。
尻尾があれば間違いなく膨らんでいた。
前脚が。
わし。
わしわし。
床を掻き始める。
「……。」
「コホン。」
「失礼。」
「少々。」
「喉に毛玉が。」
必死に平静を装う。
「ですから。」
「私めは。」
「そのような——」
シャカシャカ。
「ちりん。」
シャカ。
「……ッ!」
瞳孔。
全開。
耳。
ぺたん。
腰。
低い。
完全に狩りの姿勢だった。
「Mowl?」
「だ。」
「大丈夫。」
「理性。」
「理性です。」
「私は紳士。」
「私は——」
シャカッ!!
「ニャウッ!!」
重厚な低音が部屋に響いた。
次の瞬間。
ドンッ!!
ソファが吹き飛ぶ。
Mowlが一直線に宙へ舞った。
マントを翻し。
リボンを揺らし。
猫じゃらしへ一直線。
「おっと。」
スペクターが少し持ち上げる。
Mowlは空中で軌道修正。
「ぬぅぅぅぅ……!」
「止まれ!」
「私の前脚!」
「止まりなさい!」
体は止まらない。
本能が勝っていた。
バシィッ!!
見事な両前脚キャッチ。
そのまま床へ。
ズサァッ!!
「捕まえたぁぁぁぁ!!」
ガブガブ。
ケリケリ。
ガブガブ。
後ろ脚が高速で動く。
猫じゃらしは数秒で悲鳴を上げた。
「逃がしませんぞ!」
「この獲物!」
「絶対に!」
「逃がしませんぞぉぉぉ!!」
完全に猫だった。
スペクターは腹を抱えて笑う。
「可愛い!」
「可愛いよMowl!」
人間界のデジタル一眼レフを取り出す。
パシャッ。
パシャパシャッ。
あらゆる角度から撮影開始。
「その顔最高!」
「もう一枚!」
「いいね!」
「すごく可愛い!」
「んむぅぅぅぅ!!」
Mowlは夢中だった。
羽を抱え込み。
頬を擦り付け。
高速キック。
さらに甘噛み。
誰がどう見ても。
幸せそうだった。
数分後。
「……。」
「……。」
「……。」
Mowlは動きを止めた。
ゆっくり周囲を見る。
床には。
羽がぼろぼろになった猫じゃらし。
自分のよだれ。
散乱する羽。
そして。
写真を見返して大満足なスペクター。
「…………。」
沈黙。
Mowlは静かに猫じゃらしを置いた。
マントを整える。
リボンを直す。
曲がったモノクルを押し上げる。
一呼吸。
そして。
優雅に最敬礼。
「……コホン。」
「スペクター様。」
「先程の行動は。」
「玩具の耐久性。」
「空気抵抗。」
「素材強度。」
「それらを総合的に確認する。」
「実証試験でございました。」
「なるほど。」
スペクターは満面の笑みで頷く。
「実験だったんだね。」
「左様にございます。」
「決して。」
「私めが。」
「猫としての本能に。」
「完全敗北したわけではございません。」
「うん。」
「そういうことにしておこう。」
「……。」
「……。」
「でも。」
スペクターは楽しそうに笑う。
「明日はカサカサ鳴るトンネル買ってくるね。」
ぴく。
Mowlの耳が動く。
「……。」
「それは。」
「興味はございません。」
一拍置く。
「ですが。」
「品質検査は必要です。」
「紳士として。」
「検証いたします。」
瞳孔だけが。
また少しだけ開いた。
スペクターは思わず吹き出す。
「やっぱりMowlは世界一可愛い。」
そう言って。
ぐしゃぐしゃになるくらい強く頭を撫で回した。
「ミシッ。」
首から嫌な音が響く。
「あぁ……。」
Mowlは遠い目をしながら呟く。
「……本日の実験は。」
「大変。」
「過酷でございました。」