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「なんか……悪かったな」と、雄大さんが気まずそうに言った。
家に帰るなり、雄大さんは私を抱いた。
玄関先で、服を脱ぐ間も惜しんで。
「どうしたんですか……?」
キスもしないうちから、勃っていた。
「いや……なんか……」
玄関の冷たいフローリングの上で、私たちは抱き合って寝ころんでいた。
そろそろ、風邪をひきそう。
「風邪、引く前にシャワー浴びよう」
雄大さんが私を抱き起す。
「飯、用意しておくから」
一緒に浴びよう、と言われるかと思った。
雄大さんは私を洗面所に押し込むと、ドアを閉めた。
鏡に映る自分の姿に、目を覆う。
服は乱れに乱れて、髪もぐちゃぐちゃ。
なんか……いつもと違ったな……。
なんだろう……。
すごく焦ってた——?
シャワーを浴びて、再び鏡の前に立ち、ハッとした。
こんな……。
たくさんのキスマーク。
いつもはいたずらに一つか二つ、つけるだけなのに……。
つい数十分前のセックスを思い出し、また身体が火照る。
疲れた……。
今日は、本当に疲れた。
朝、家を出る時にはこんなことになるとは思ってもいなかった。
黛——。
雄大さんに相手にされなかった広川さんを誘惑し、利用したのだろう。
私は食事の席で、広川さんと黛に関係があったことを話した。
「ごめんなさい」
「どうしてお前が謝る?」
「雄大さんを巻き込んだのは私だもの……。春日野さんとの食事を勧めたのも——」
「——だとしても、行くと決めたのは俺だ」
「けど……」
「それより、黛だ。このまま終わるとは思えない」
私は頷いた。
「まだ、何か仕掛けて来るかもしれないな」
大体、想像はつく。
雄大さんのスキャンダルをネタに、別れるように迫ってくるだろう。
犯人が広川さんであることがわかっても、雄大さんと春日野さんが抱き合っていた事実は変わらない。支えただけと言って、信じる人がどれだけいるか。
「馨」
「はい」
「黛が何を言ってきても動じるなよ」
「え?」
「俺はあの程度のことで潰れたりしない」
そうだろう。
けれど、私と関わったばかりに、雄大さんが積み上げてきたキャリアに傷がつくのは許せない。
「馨」
ハッとして顔を上げると、雄大さんは正面にはいなかった。私の横に膝をついている。
「ちゃんと聞け。で、納得しろ。黛は相手にするな。何を言われても無視しろ。間違っても今日みたいに黛を挑発して尻尾を出させようなんて考えるな」
「……」
『はい』とは言えない。言いたくない。
「馨」
雄大さんが私の手を握る。
「ありがとな」
「え?」
「俺の為に……ムキになってくれて嬉しかった」
「そんなこと……」
「嬉しすぎて……玄関で盛っちまって悪かったな」と、雄大さんが苦笑いする。
「ホント、嬉しかったよ。だけど、黛はダメだ」
私を心配してくれているのが、痛いほど伝わる。
「頼むから、約束してくれ。黛には近づかない。何を言われても無視するって」
「雄大さん……」
「お前に守られんのも嬉しいんだけど、やっぱり俺は、俺が馨を守りたい」
不安そうに微笑む彼に、私は何も言えなくなった。
*****
新しいアシスタントは、真由だった。
「部長が副社長に頼み込んだんだって」
雄大さんは何も言っていなかった。
「その話をしていた時に、馨と広川さんがモメてるところに居合わせたのよ」
「そうだったんだ」
「馨にも見せてあげたかったな、部長の顔」と、真由がニヤニヤと笑う。
「え?」
「馨が部長を信じてる、って言った時の嬉しそうな顔。かーわいかった」
昨夜の、余裕のない雄大さんを思い出し、恥ずかしくなる。
「ヤメテ」
「自分が言ったくせに」
「あれは——」
「暴走するなって言ったのに」
「だって……」
「広川さん、さっき退職願を出しに来てたって」
やっぱり……。
「そっか……」
「ま、自業自得ね」
雄大さんを陥れようとしたことは許せないけれど、黛に利用されたのだと思うと可哀想にも思う。
「情けをかける必要はないわよ」
真由は私の考えを察したようで、厳しい口調で言った。
「若いからって何でも許されるほど子供じゃないし、数か月とは言ってもれっきとした社会人なのよ。自分の行動には責任を取るべきだわ」
「うん……」
「馨も、だよ。わかってると思うけど、黛には近づいちゃダメだからね」
「うん……」
「さて、と!」
真由が散らかった資料をまとめ、トンッとテーブルの上で揃えた。
「じゃ、部長の元カノの顔を拝みに行きますか!」
真由が一緒で良かった。
私は深呼吸をして、席を立った。