トシ子は焦った様に口にした後、余程恐ろしかったのか体を震わせて戦慄(わなな)かせている。
そのタイミングで一人遅れて本堂に入って来たアスタロトが、当たり前の様にトシ子の隣に腰を降ろしたのである。
自分から本堂でお茶を飲もうと提案したくせに、重役出勤よろしく最後の最後でゆっくりと登場するとは、全く持って良いご身分、重役気分の様である、流石は大魔王様と言った所だろうか?
突然隣に座り込んだ男前の姿をチラ見していたトシ子婆ちゃんの目の前に差し出される紅白の花の束。
「これを…… 白い花は貴女の清廉(せいれん)さを、そして赤はその麗しい姿に合わせようとしたのですが…… 残念ながらどちらも貴女の前ではくすんでしまった様だ……」
そう言ってトシ子を見つめるアスタロト、幾らなんでも自由過ぎるだろう……
ドギマギした感じでワタワタしているトシ子に代わってコユキがアスタに言うのであった。
「ちょっとアスタ、お婆ちゃんも落ち着いたんだから、もうおべんちゃらは良いのよ、それともからかってんの?」
アスタロトが答える。
「からかうだと? 何を言っているんだコユキ、我はこの美しく輝いている一輪の花、元聖女に一目惚れをしたと言っているだけなのだが…… 何か可笑しいのか?」
至極真面目な顔だ、横に座っている婆(ババア)が、ウキャァァーとか黄色い声を上げていて、不気味な事この上ない。
コユキは小声で聞くのである。
「え、マジで?」
アスタロトが堂々と答える。
「うん、大マジ! 結婚したい!」
善悪が確認した。
「お、オオマジ、なの?」
アスタロトが頷くと同時にトシ子が大声でアスタロトの胸倉を優しく掴んで振り振りしながら言うのであった。
「もう、やっだ~! 皆の前でそんな恥ぃ事言われちゃったらどんな顔すれば良いのぉ! んでも、聖女と悪魔が…… んと、そんな風になるのってぇ、禁忌(きんき)なんだよぉ? いいのぉ?」
なんか甘えた感じで話している…… 気色悪い事この上、ってか気持ち悪いっ!
にも拘(かかわ)らず、優しく美しい顔をトシ子に向けて、更に堂々と答えるアスタロトの言った言葉はこうである。
「禁忌、誰かがお前と我の愛の育みを謗(そし)ったとしても、それが何だい? 我々が愛し合っている、それ以外の声は只の雑音に過ぎないだろう? 違うかい?」
茶糖トシ子(九十歳)は両の目をハートマークにして決定的な言葉を発するのである。
「好き! もう禁忌とかどうでも良いわ! 貴方を愛するために私はこの長い旅(九十年)を続けてきたのだと、今なら理解できる、大好き! もう、好きにして!」
「愛(う)い奴だな! ありがとう、我も大好き、愛しているよ」
…………
……
えぇぇーっ! 何これ? であった、んがアスタロトとトシ子がお互いの立場、聖女と大魔王という相反する存在の形式を越えて結ばれた瞬間である、素直に言っておくか、なんかおめでとう。
私、観察者は受け入れたが、令和の時代の常識から未だ脱却し切れていない善悪は困惑した顔で素直に聞いちゃったのである。
「えーでもでも、見た感じおばあちゃんと介護中の孫みたいでござるよぉ? 二人ともその辺は大丈夫なのでござるかぁ?」
「見た目? ああ、そうか人間は姿形に拘(こだわ)るからな! なるほど…… なぁ、トシ子! お前が若返りたいと言うなら我と同じ位まで見た目を戻す事は簡単だが、そうするか? それとも我がトシ子位まで年をとった姿に変えようか? どちらでもお前の望みに合わせるが? どうだ?」
しらっと、人類永遠の望みっぽい事を提案してくる魔神アスタロト、トシ子は即答した。
「アタイ! 若返りたいっ! ねぇ、ダーリンピチピチギャルに戻してん、オネガっ!」
つい十数分前まで、コユキを殺す、それも禁忌を犯すなって理由で殺し(ヤリ)に来てた本人とは思えないほどのデレっぷりには、コユキも話す言葉を失うのであった。
善悪も奇跡の様な、いや絶対無理な『奇跡』その物の若返り発言に興味津々な感じで、口を閉じジィーっと成り行きを見守っているだけだった。
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