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みら

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翌朝。
阿部は、いつもより少し早く目を覚ました。
隣を見ると。
目黒はまだ寝ている。
「……今日は写真集か」
小さく呟く。
昨日。
康二が何度も嬉しそうに話していた。
この世界で撮った写真をまとめた写真集。
今日が発売日。
阿部はスマホを見る。
グループのメッセージには、すでに佐久間から何件も届いていた。
『起きてる!?』
『今日だよ!』
『康二の写真集発売日!』
『朝一で行くよ!』
その下に。
康二。
『本人より楽しみにしてへん?』
佐久間。
『発売日は祭りだから!』
ラウール。
『俺も起きた』
渡辺。
『朝からうるさい』
深澤。
『翔太もちゃんと起きてんじゃん』
渡辺。
『通知で起こされた』
阿部は思わず笑った。
「相変わらずだな」
隣で。
目黒がもぞもぞ動く。
「……何笑ってるの」
「起きた?」
「うん」
「佐久間」
「また?」
「また」
目黒も少し笑う。
「写真集?」
「うん」
「じゃあ起きないとね」
「めめも行く?」
「行くよ」
「即答」
「九人で行くんでしょ?」
「そうみたい」
阿部はスマホを見せる。
目黒は画面を見て。
「佐久間くん、絶対一冊じゃ済まないね」
「俺もそう思う」
二人で笑った。
待ち合わせは。
駅前の大きな本屋だった。
阿部と目黒が着いた時には。
やっぱり。
ほとんど全員揃っていた。
「遅い!」
佐久間が言う。
「集合時間前だよ」
阿部が返す。
「写真集の日は十五分前集合!」
「そんなルール知らない」
康二が笑いながら近づいてくる。
「本人の俺より張り切っとるやん」
「当たり前!」
「なんでやねん」
ラウールも楽しそうに店を見る。
「どこに置いてあるかな」
「入口やろ!」
佐久間が言う。
「新刊のところ!」
「そんな大きく置かれてる?」
阿部が聞く。
「置かれてるに決まってる!」
「本人いるけど」
「関係ない!」
康二は少し照れたように笑っていた。
昨日までは。
撮ることが好きだから続けたい。
そう言っていた。
でも。
今日。
自分の写真が。
一冊の本になって。
店に並ぶ。
やっぱり。
嬉しいらしい。
宮舘と渡辺。
岩本と深澤も。
少し遅れて合流した。
「全員いる?」
岩本が数える。
「いるよ」
阿部が答える。
九人。
また。
全員。
「じゃあ行こー!」
佐久間が先頭で店へ入る。
「さっくんの写真集じゃないんやけどな」
康二が笑う。
本屋へ入って。
すぐだった。
「あった!」
佐久間の声。
阿部もそちらを見る。
入口近く。
新刊コーナー。
そこに。
康二の写真集が並んでいた。
「……ほんとにある」
阿部が呟く。
何冊も。
同じ表紙。
大きく。
康二の名前。
康二本人が。
少し離れた場所で。
黙って見ている。
「康二」
「ん?」
「どう?」
阿部が聞く。
康二は。
少しだけ照れながら笑った。
「変な感じやな」
「嬉しくない?」
「めっちゃ嬉しい」
即答だった。
「夢やけど」
「うん」
「でも」
並んでいる写真集を見る。
「ちゃんと嬉しいわ」
阿部も。
少し笑う。
その気持ちは。
なんとなく分かる気がした。
夢だから。
偽物。
そう簡単には割り切れない。
今。
康二が嬉しいと思っていることは。
ちゃんと本当だから。
「買う!」
佐久間が写真集を持つ。
一冊。
二冊。
三冊。
阿部が止める。
「待って」
「何?」
「何冊買う気?」
「保存用、見る用、布教用」
「夢の中でもそれやるの?」
「夢の中だからこそ!」
「意味分かんない」
康二が笑う。
「俺からあげるのに」
「それはそれ!」
「何が違うんや」
「発売日に店で買うのが大事なの!」
ラウールは。
一冊だけ手に取った。
「俺は一冊」
「ラウ偉い」
「偉いって何」
深澤も一冊。
岩本も。
宮舘も。
渡辺は少し迷ったあと。
宮舘の持っている一冊を見る。
「涼太買うなら俺いいかな」
「二人で一冊?」
「だめ?」
「いいよ」
「じゃあ一緒に見る」
深澤がにやにやする。
「同棲カップルみたい」
「うるさい」
阿部も。
一冊手に取る。
目黒も。
同じものを取った。
「めめも買うの?」
「買う」
「二人で一冊じゃなくて?」
「自分の欲しい」
「俺も」
二人で。
少し笑う。
会計を済ませて。
そのまま近くの休憩スペースへ移動する。
佐久間は。
袋から出すなり。
すぐ開いた。
「見るよ!」
「ちょっと待ってや!」
康二が慌てる。
「まだ心の準備できてへん!」
「撮った本人でしょ!」
「写真集になると違うねん!」
「じゃあ康二も一緒に見よ」
阿部が言う。
結局。
九人で。
テーブルを囲むように座った。
阿部は自分の一冊を開く。
最初は。
街の風景。
朝の光。
川。
公園。
知らない人の後ろ姿。
カフェの外観。
阿部は。
そこで少し手を止める。
「……店」
宮舘も覗く。
「懐かしいね」
「昨日まであったじゃん」
「昨日閉店したから」
「急に昔みたいに言わないで」
渡辺が笑う。
ページをめくる。
次。
カフェの中。
宮舘が料理をしている。
渡辺がカウンターで頬杖をついている。
「あ」
阿部が笑う。
「翔太、働いてない」
「いつものこと」
宮舘が平然と言う。
「働いてる時もあるから」
「写真では全然働いてへんな」
康二が笑う。
「康二!」
「ええ写真やったから」
次のページ。
阿部の手が止まった。
「……俺」
そこに。
自分がいた。
カウンターの内側。
真剣な顔で。
何かをメモしている。
隣には。
渡辺。
「あ、これ」
阿部は思い出す。
「最初の頃?」
康二が頷く。
「せやな」
「飲み物の作り方教えてもらってた時」
渡辺が写真を見る。
「あべちゃん、めっちゃ真面目だった」
「だって覚えないといけないと思ってたから」
「すぐ覚えてたけどね」
阿部は。
写真の中の自分を見る。
記憶を失っていた。
何者かも分からなかった。
でも。
ちゃんと働こうとしている。
少し。
胸が温かくなる。
ページをめくる。
今度は。
テーブルでラウールに数学を教えている。
「あ」
ラウールが笑う。
「あべちゃん先生」
「先生じゃないって」
「でも教え方うまかった」
「昔からだったんだね」
「うん」
さらに。
佐久間と。
本を並べて読んでいる写真。
「これいつ撮ったの?」
阿部が聞く。
「気づいてなかったやろ?」
康二が笑う。
「全然」
佐久間は写真を見ながら。
少しだけ目を細めた。
「これ好き」
「なんで?」
「昔のあべちゃんも」
阿部を見る。
「こうやって一緒に本読んでたから」
「……そっか」
同じだった。
何も覚えていなくても。
次。
阿部が。
一瞬。
息を止める。
目黒と。
自分。
カフェの外。
二人で笑っている。
目黒は。
阿部の方を見ている。
阿部も。
少し目を細めて笑っている。
「……これ」
目黒も覗き込む。
「いつ?」
康二が答える。
「二人がまだ付き合ってへん時」
「え?」
阿部が写真を見る。
「俺、こんな顔してた?」
「してたで」
「完全に好きじゃん」
渡辺が言う。
「翔太」
「だってそうじゃん」
深澤も頷く。
「これで本人だけ気づいてなかったんだよ」
「うるさいな」
阿部は顔を赤くする。
目黒は。
嬉しそうに写真を見ていた。
「めめ、笑いすぎ」
「だって」
「何」
「この時のあべちゃん、俺のこと好きなの分かってたから」
「分かってたの?」
「なんとなく」
「言ってよ」
「自分で気づいてほしかった」
阿部は。
少しだけ口を尖らせる。
でも。
写真から目を離せなかった。
何も覚えていない自分が。
目黒を見て。
こんなふうに笑っていた。
ページは。
まだ続く。
康二に写真を撮られて。
「俺、こんな顔するんだ」
と笑った日の自分。
九人が。
初めて全員揃った日の写真。
カフェの前。
バー。
ご飯。
みんなが。
いろんな場所にいる。
そして。
阿部が一番好きだった。
あの九人の写真。
大きく。
見開きで載っていた。
「……これ」
阿部の指が。
写真に触れる。
「入れたんだ」
康二が頷く。
「入れたかった」
「俺も好き」
「知ってる」
「なんで?」
「一番好きな写真できたって言うてたやん」
「あ」
新しいノートに。
書いた。
『一番好きな写真ができた。』
阿部は。
写真をじっと見る。
九人。
みんな。
笑っている。
何も覚えていなかった自分も。
その真ん中で。
笑っている。
「俺」
小さく言う。
「ちゃんといたんだね」
「何が?」
佐久間が聞く。
阿部は。
写真を見る。
「記憶なくしてた俺」
みんなが静かになる。
「昔のこと全部思い出したら」
阿部はゆっくり話す。
「記憶なかった頃の俺って、なんか途中の俺みたいになるのかなって思ってた」
目黒が阿部を見る。
「でも」
ページをめくる。
たくさん。
いる。
仕事をする自分。
笑う自分。
困っている自分。
目黒を好きになっていく自分。
みんなといる自分。
「ちゃんと」
阿部は笑う。
「ここにいた」
康二が。
優しく頷いた。
「おったよ」
「ずっと?」
「ずっとおった」
康二は写真集を見る。
「あべちゃんが覚えてへんかっただけで」
「笑ったり」
「働いたり」
「めめ好きになったり」
「みんなと遊んだり」
「全部ちゃんとあった」
阿部の目が。
少し熱くなる。
「だから撮ったん?」
「うん」
康二が笑う。
「残しときたかったから」
最後の方には。
昨日の夢の国の写真まで入っていた。
阿部は目を丸くする。
「待って」
「何?」
「昨日撮ったやつあるじゃん」
「あるで」
「昨日発売前日だよね?」
「夢やから」
康二が何でもない顔で答える。
全員。
一瞬黙る。
そして。
阿部が吹き出した。
「便利すぎるでしょ!」
「夢やもん!」
「編集いつしたの?」
「知らん!」
「印刷は?」
「知らん!」
「写真集どうなってるの?」
「知らんけどできてた!」
佐久間が大笑いする。
「最高!」
ラウールも笑う。
「夢だから何でもありだね」
「そこ雑でいいの?」
阿部も。
笑いが止まらなかった。
夢の国の写真。
入口。
乗り物。
食べているラウール。
手を繋ぐ深澤と岩本。
宮舘と渡辺。
佐久間。
目黒。
そして。
九人の夜の写真。
「……これも入ってる」
阿部が笑う。
康二が頷く。
「昨日の一番好きなやつ」
「俺も好き」
「一番増えたんやろ?」
「うん」
最後のページ。
一枚だけ。
写真があった。
夜。
帰り道。
少し前を歩く六人。
その後ろ。
阿部と目黒。
二人で手を繋いで歩いている。
顔は。
ほとんど見えない。
後ろ姿。
でも。
阿部には。
自分たちだとすぐ分かった。
「これ」
目黒も見る。
「いつ撮ったの?」
康二が少し笑う。
「昨日」
「全然気づかなかった」
阿部が言う。
「めっちゃ自然やったから撮った」
写真の下。
小さく。
康二の言葉が書いてあった。
『帰る場所がある。』
阿部は。
その文字を見たまま。
しばらく動かなかった。
「……康二」
「ん?」
「これ、どういう意味?」
康二は少し考える。
「そのままやで」
「そのまま?」
「楽しいところ行って」
「いっぱい遊んで」
「疲れても」
写真を見る。
「最後はみんなで帰ってたやろ」
阿部は。
何も言わない。
「夢の中でも」
康二が続ける。
「現実でも」
「帰る場所はあるんちゃうかなって」
阿部の胸が。
少しだけ。
強く鳴った。
本屋を出る前。
康二が。
自分のバッグから一冊取り出した。
「はい」
阿部へ差し出す。
「何?」
「これ」
同じ写真集。
でも。
表紙を開くと。
康二の字で。
一言書いてあった。
『あべちゃんへ。忘れても、また残せばいい。』
阿部は。
その文字を見る。
「……これ」
「プレゼント」
「俺、もう買ったよ?」
「それは買ったやつ」
康二は笑う。
「これは俺から」
阿部は。
しばらく写真集を抱えた。
「ありがとう」
「うん」
そして。
少し考えて。
言う。
「これ」
「ん?」
「現実には」
言葉が止まる。
みんなが見る。
「持って帰れないのかな」
誰も。
すぐには答えられなかった。
夢の中にしかない本。
夢の中にしかない写真。
「多分」
目黒が静かに言う。
「物としては難しいかも」
「……そっか」
少し。
寂しい。
でも。
阿部は写真集を見る。
一ページずつ。
全部。
覚えている。
「じゃあ」
自然に。
口から出た。
「持って帰れなくても」
写真集を胸に抱く。
「覚えて帰ればいいか」
その瞬間。
全員が。
静かになった。
阿部が顔を上げる。
「……何?」
誰も言わない。
でも。
目黒だけが。
少しだけ。
嬉しそうな顔をしていた。
阿部は。
自分が今言った言葉を。
頭の中で繰り返す。
――覚えて帰ればいい。
帰る。
また。
自分から。
言った。
「……俺」
小さく呟く。
「また帰るって言った?」
目黒が。
ゆっくり頷く。
「うん」
阿部は。
少しだけ俯いた。
まだ。
決めていない。
でも。
確かに。
自分の中で。
何かが。
少しずつ。
変わり始めていた。
コメント
1件
ああ……もう、心がぎゅってなった……。写真集を通して「忘れても、また残せばいい」って康二が言ってくれたところ、涙出そうになったよ。阿部くんが「覚えて帰ればいい」って自然に出た言葉、それこそが彼の中で確かに変わり始めてる証拠だよね。みんなとの日々が一枚一枚詰まった写真集、宝物だね……🤍