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「いい雰囲気だな」
社食を出て、和香と別れたあと、時也が言う。
「なにがだ」
「しょうもない話をする和香ちゃんを見つめるお前の目。
小動物を微笑ましげに眺めているみたいで。
なんかいつもと違ってよかったぞ」
……なんだ、その例え。
っていうか、しょうもない話を聞かせてすまん、
と耀が思ったとき、時也が、
「でも、和香ちゃんいいよな」
と言い出した。
なんだってっ?
時也に出てこられたら、俺なんてひとたまりもないぞ、と思ったのだが。
「けどまあ、和香ちゃんを見てるお前を見てるのが好きだから。
和香ちゃんのことは好きになる前に諦めるよ」
と時也は笑う。
時也っ、とその友情に感動しかけたが――
「だって、俺、よりどりみどりだし」
と時也は続ける。
「わざわざ、普段、浮いた噂のひとつもないお前と、女の子巡って争うことないよな」
なんかちょっとイラッとくる物言いではあるが。
まあ、とりあえず、ありがとよ、と耀は思った。
でも、俺と和香は、そんなに上手くいってはいない、と耀は思っていた。
……何故か、俺より俺の母親との方が上手くいっているようなんだが……。
今日も和香は母の誘いにひょいひょい乗って、自宅に来、母自慢のシェフが作った料理を満喫し。
上機嫌で、ホラ話をしている。
「それで、姉に言われたんですよ」
……例の姉か、とソファで珈琲を飲みながら、耀は横目に和香を見る。
「『暑かったら、首を振れ』って。
で、そのあとすぐに言われました。
『……あんたのじゃないよ』
どうやら、扇風機のことだったらしいんですよね~」
あはははは、と豪快に和香は笑った。
……そこで、あんたのじゃないよと言われたってことは、首を振れと言われて、自分の首を振ってたんだな。
そのあとも、野菜カッターは、野菜を切る以外になにか使えないだろうかとか。
町中華はあるのに、村中華はないのかとか。
和香のしょうもない話を母親は楽しげに聞いていた。
珍しい小動物でも見るかのような目で。
……もしや、俺もこんな目で和香を見ているのだろうかと耀は不安に思ったが。
耀の和香を見る目はもっと愛にあふれていた。
自分ではまったく気づいてはいなかったのだが……。
それにしても、母はこんな話を喜ぶ人だったのか、と耀が新鮮な気持ちで眺めていると、
「ほんとうに楽しいわ。
和香さんといると、この世の憂さを忘れそうね」
とまで母親は言い出した。
だが、そのあと、近所の猫の話になり、隣のイケメンの話になり。
和香はその怪しいイケメンの素性については語らなかったが。
ちょっとビックリするようなイケメンだと、耀的にはイラッと来るようなことを言ったので、母が食いつき、
「あら、写真でもあるのなら見せてちょうだい」
と身を乗り出した。
「猫のついでに撮ったのならありますよ。
猫メインだし、別に見せてもいいと思いますが」
と和香はゴソゴソ、スマホを取り出してくる。
いや、それどう見ても、羽積がメインで、猫がおまけだろ、と思っているうちに、和香は母親に羽積の写真を見せていた。
「あら、ほんとに色男ね。
こんな人が和香さんの隣に住んでるなんて、大丈夫なの? 耀。
女は影のある男が好きなものなのよ。
この人、あんたにはない色気もあるし。
ほんとうにこの子は、顔がいいだけで、女性が寄ってくるような雰囲気とか全然ないから。
ありがとう、和香さん」
と母親は何故か突然、和香に礼を言い出した。
「この人、性格もいいのかしら」
と写真を眺めながら、おかしな心配までしはじめる。
耀は溜息をついて言った。
「よくは知らないが、まあ、悪くはないかな。
俺の王子様だから」
母が黙った。
和香の手を熱く握って言う。
「和香さん、ありがとう。
こんな子といてくれて。
早く、この子と結婚してやって」
……いや、なんでだ、と耀はすがるように和香を見る母親を見た。
二人でちょっと出かけなさいよ、と焦った風な耀の母に言われ、和香は耀と家を出た。
「うちの親、なに言い出すんだろうな」
車の中で耀が言う。
「だいたい、あの人にこの世の憂さとかあるのか」
と言う耀の横顔を見ながら、和香は言った。
「……急に生じたのかもしれないですね。
息子が不安とか」
いや、息子に対して不安を抱いたのは、そのあとか。
耀が羽積のことを、
「俺の王子様だから」
と言ったときだろう。
確かに羽積さんは王子様みたいですけどね。
でも、私の思う王子様像とはちょっと違いますけどね、と思う和香の頭の中の王子様はなんとなく耀だったのだが、恥ずかしいので言えなかった。
「そういえば、課長に人生の憂いってあります?」
となんとなく訊いてみる。
「家のローンかな」
と耀は現実的なことを言う。
いや、あなた充分お金持ってそうですけど、と思ったとき、耀が訊いてきた。
「お前はなにかあるのか」
ありありですよ、と和香は思う。
このまま復讐を果たしていいのかとか。
エレベーターで楽しく語らった常務を断罪するのは胸が痛むとか。
常務に追い落とされた、と言葉では聞いたが、実際に見てはいないので、あまり実感はない。
そのせいで、そんな風に思うのだろうか?
溜息をもらした和香は、耀に素直に今の感情を吐露してみる。
「ときどき迷うんです。
『お買い物に行って、お財布からお札を出したとき。
お札の折り目を見ながら、自分の前にこれを持ってた人の人生を思ったりしますよね』って言ったら、
『それ、わかるな~』
って微笑まれた常務を今更、追い落とす必要あるのかなとか」
「……何故、その例を出してきたのかわからんが。
まあ……」
と慎重に言葉を選びながら、耀は言った。
「過去のことはわからないが。
お前にとっては、今、お前の目の前にいる常務がすべてだろうよ」
「そう……ですよね」
そういえば、とふと思い出したように和香は言う。
「専務と常務って、今は、あんまり一緒にいらっしゃいませんよね。
昔は仲よかったらしいですが。
一緒にいると、過去の罪を思い出すからなんでしょうかね?」
それも寂しい話ですね、と和香は呟いた。
「ところでなんとなく走っていたが何処へ行く?」
と耀に訊かれる。
「ええっと……
何処行きましょうか?
課長行きたいところ、ありますか?」
耀は少し考えてから言う。
「こういうときは、夜景の見える公園とかに行ったりするものだろうかな」
こういうときって、どういうときなんですか。
そして、今、昼です、課長……。
「では、海にでも行こうか。
こういうときは、海も定番だろう」
だから、なんの定番なんですか、と思っているうちに、海に着いていた。