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「もう、こんな時間か……」
聖夜さんの言葉に、思わず時計に目がいった。
もう、こんな時間だったんだ……。
「そろそろ寝なきゃね」
聖夜さんはそう言ってクスッと笑った。
「えっ?」
この部屋にはベッドが、ひとつしかない。
私と聖夜さんは犯罪者と、それを目撃した私が拉致られたという関係で……。
言わば加害者と被害者だ。
そんな中、寝れるわけがない。
「雪乃はベッドを使ってね」
「えっ?」
聖夜さんの言葉に思わず声が出た。
「僕は、この辺で適当に寝るから……」
「あ、あの……私は……」
「ん?何?」
「私は、ここで……」
「それはダメだよ。女の子はね、体を冷やしたら良くないでしょ?だから雪乃はベッドを使いなさい」
命令口調の中にある優しさ。
思わず私の胸が高鳴った。
ベットの中に入って、天井をボーと見つめる。
いろんな事がありすぎて、体は疲れているのに、なぜか眠れなくて……。
聖夜さんがパソコンのキーボードを叩いている音だけが部屋の中に響いている。
キーボードを叩く音を聞きながら、いろんな事が頭を過っていく。
聖夜さんは本当に人を殺めたんだろうか……。
ふと頭に浮かんだ、そんな疑問。
確かに聖夜さんは、あの時、倒れている女性を見ていた。
血の滴るナイフを持って。
でも……。
「眠れないの?」
えっ?
気付くと、聖夜さんが上から私を見下ろしていて、体が“ビクン”と跳ねた。
「早く寝ないと寝不足になっちゃうよ」
「なかなか眠れなくて……」
「目を瞑ってヒツジを数えたら眠れるんじゃない?」
聖夜さんは、そう言ってクスクス笑った。
「あ、あの……」
「ん?」
「聖夜さんは……。やっぱりいいです……」
聖夜さんに聞こうと思ったけど、でも聞けなかった。
いや、聞いたらいけないと言った方が正しいのかもしれない。
「何?途中で止めたら気になるでしょ?」
「いや、でも……」
「いいから教えて?」
どうしよう……。
聖夜さんは本当に人を殺めたのか……。
そんなことを聞こうとしたことを後悔していた。
でも話を途中で止めたら気になるのは私も同じだ。
もし、私が聖夜さんの立場なら同じことを言ってたかもしれない。
「聖夜さんは、本当に人を殺めたん、ですか?」
私の質問に、聖夜さんの表情は変わることはない。
ただ、何も答えない。
しばらく続く沈黙。
そして……。
「それは、キミが1番よくわかってるでしょ?」
そう言って、聖夜さんは私の傍を離れた。
聖夜さんの言った言葉。
私が1番よくわかってる……。
血まみれの女性。
それを見下ろす聖夜さん。
その手には血の滴るナイフ。
私が見た光景が頭の中を過る。
やっぱり……。
やっぱり彼は……。
人を殺めたんだ。
私の、もしかしたらという淡い思いは崩れた。
そして私は、そっと目を閉じた。
……………………
………………
…………
……
霧のかかった森の中に、ひっそり建っている古い教会。
ステンドグラスから射し込む、いろんな色の優しい光が教会の中を包み込む。
教会の中にいる小さな女の子。
その傍にいる小学生くらいの男の子。
笑顔のふたり。
……でも。
男の子の顔が見えない。
どうして?
どうして顔が見えないの?
ねぇ?
顔、見せて?
「…………顔!」
“ガバッ!”
そう叫びながら、勢いよく体を起こす。
窓の外から聞こえるスズメの鳴き声。
閉められたカーテンから射し込む光。
ここは聖夜さんの部屋で……。
と、いうことは、さっきのは夢?
なんだ……。
夢、だったんだ……。
「あ、雪乃ちゃん、おはよう」
えっ?
何で?
何でレイナさんがいるの?
さっきまで気付かなかった。
レイナさんに声をかけられて初めてレイナさんがいることに気付いて……。
「雪乃ちゃん?どーしたの?」
レイナさんが私の顔を不思議そうに見ながらそう聞いてきた。
いや、どうしたの?って……。
そう聞きたいのは私の方だよ。
「あ、あの……。何でレイナさんが……」
「私?アキから頼まれてね」
「えっ?」
聖夜さんから?
そう言われて、部屋に聖夜さんがいないことに気付いた。
「あの、彼は……」
「あぁ、仕事。雪乃ちゃんが1人でいたら施設の事とか思い出して辛くなるから、私に話し相手になって、気を紛らわしてやってほしいって言われて……。自分が帰るまででいいからってお願いされちゃったの」
「そうなんですね」
私はレイナさんに作り笑いを見せた。
それはすぐに嘘だとわかった。
多分、聖夜さんは自分がいない間に私が逃げるかもしれないと思ったんだろう……。
だからレイナさんに頼んだんだ。
レイナさんは私の気を紛らわすためじゃなくて監視するためにいる。
でも本当の事情を知らないレイナさんは、聖夜さんの言葉を信じているんだろう……。
聖夜さんの仕事って、何だろう……。
私の頭の中に、そんな疑問が過った。
一人暮らしの聖夜さん。
当然、働かないと食べていけない。
すっごいお金持ちの資産家ではない限り。
「あ、あの……。聖、いや、彼の仕事って何なんですか?」
「アキの仕事?アイツ、自分のことを人にあまり言われたくないヤツだからなぁ……。まぁ、接客業とだけ言っとく」
レイナさんはそう言ってクスッと笑った。
接客業……かぁ……。
って、接客業にもいろいろある。
でも聖夜さんのことをそこまで詮索する権利は私にはない。
聖夜さんと私は、犯罪者と被害者の関係だから……。
「そう言えば……。雪乃ちゃん、顔がどうとか言ってたけど……」
「えっ?」
「変な夢でも見た?」
「変って言うか……。何だか不思議な夢で……」
「不思議な夢?」
「はい……」
私はレイナさんに見た夢の話をした。
「見たことある風景なんです……。でも思い出せなくて……」
「へぇ……。でも、その男の子って、アキだったりして」
レイナさんはそう言ってクスクス笑った。
「えっ?」
レイナさんの言葉に、思わず声が出た。
と、同時に胸が“トクン”と跳ねた。
「そう言うのって、凄く素敵じゃない?夢に出てきた顔の見えない男の子が実は……。みたいなやつ」
「それは……」
ないと否定しようと思った。
そんなドラマのような話があるのかと……。
だけど……。
聖夜さんとは初対面のはずなのに……。
昨日、初めて会ったはずなのに……。
でも、どこかで会ったことがあるという思いは拭いきれなかった。
「噂をすれば帰って来た」
レイナさんは玄関の方を向いてそう言ってクスッと笑う。
部屋の扉は閉められていて、玄関の方は見えない。
でも玄関の鍵を開ける音が聞こえる。
部屋に近づいて来る足音。
「ただいま」
聖夜さんが部屋の扉を開けて、そう言った。
さっきのレイナさんの言葉が頭に浮かぶ。
だからなのか、聖夜さんの顔がまともに見られない。
「レイナ、ありがとう。もう帰っていいよ?」
聖夜さんはレイナさんの顔を見ることなく、パソコンの電源を入れながらそう言った。
「何、それ?アキのお願い聞いてあげたんだから、ご飯くらいご馳走してよね!」
「また今度ね」
そう言った聖夜さんは、レイナさんの方を見ようとしなかった。
「もぉ!わかりました!帰りますよーだっ!」
レイナさんはそう言ってホッペを膨らませた。
「雪乃ちゃん、またね」
カバンを持って立ち上がったレイナさんは、私にそう言って笑顔を見せた。
私は何も言えずコクンと頷いた。
「今度、絶対にご馳走してもらうからね!」
レイナさんはそう言って部屋を出て言った。
聖夜さんはレイナさんに言葉をかけることなく、パソコンの画面を見たままだった。
“バタンーー”
玄関が閉まる音がした。
「チッ」
パソコンから玄関の方に目を向けた聖夜さんが舌打ちをする。
「図々しい女。誰が飯なんかおごるかよ」
そう独り言をブツブツ言う聖夜さんの目は、あの時の目と同じくらい鋭くて、背筋にゾクゾクと寒気が走った。
「ねぇ?雪乃もそう思わない?」
恐怖が表情に出ていて、それに気付いたのか、聖夜さんはそう言って笑顔を見せた。
私はどう言っていいのかわからず、聖夜さんに話を合わせるしかなくて、無言でコクコク頷いた。