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お股ポテト
29
はるにし
72
とっぷりと日が暮れて、夜になった。
遠くの森の木のてっぺんから、三日月が顔を出す刻限だ。
「こっちだよ、リンネ」
シュメリが手を取ってエスコートしてくれる。
「足元、気を付けろよ」
反対の手を、バルトが握ってくれる。
僕は目隠しをされて歩いていた。
「どこに行くの? テラスじゃないの?」
僕は鼻をクンクンさせて、匂いを嗅いだ。
いつもお茶をしているテラスの匂いじゃない。
屋敷の中でも知らない場所の匂いだ。
「どこまで行くの?」
階段を昇って、廊下を歩いて、狭い階段を昇った。
僕は目隠しのままキョロキョロした。
(廊下も狭い。ちょっと埃っぽい?)
他の部屋に比べたら、人の気配が少ない。
「部屋に入るよ」
シュメリが扉を開けた。
軽い音がした。
(部屋も狭そう)
「ここに座って」
シュメリに言われた通り座る。
ふわりと、柔らかい何かが敷いてあった。
「さぁ、目隠しをとるよ」
シュメリが目隠しを外してくれた。
ゆっくりと目を開ける。
「うわぁ……」
目の前に、満天の星空が広がっていた。
斜めの天井の一面が大きな天窓になっている。
その窓が開いているから、外の匂いがする。
「この狭い屋根裏は、子供の頃の私のお気に入りでね。秘密の場所にしていたんだ」
「シュメリの、秘密のお部屋」
秘密という言葉だけで、ちょっとドキドキする。
「空が綺麗に見えるだろ」
「うん! とっても綺麗!」
僕は空に見入った。
今宵の空も、金平糖みたいに星が瞬いている。
細い月が、星明りを邪魔しないように輝いていた。
「お茶とお菓子もあるぞ」
「そうなの?」
バルトがお茶を淹れてくれた。
いつものお茶の時間よりは少ないけど、お菓子が置いてある。
「すごく贅沢だね」
この部屋で夜空を見られることに、心がキラキラする。
「リンネが喜んでくれて良かった。子供の頃の私も、この部屋が大好きだったよ」
シュメリが懐かしそうに話す。
「ガキは高くて狭い場所が好きだからな」
バルトが淹れたお茶をシュメリに手渡した。
「そうだね。でも私は……ここでだけ、心を緩めることが、できたんだ」
バルトが、シュメリをちらりと眺めた。
夜空を見上げるシュメリの横顔は、ちょっとだけ切なげだった。
『君の前では、心から笑えるよ』
そう話したシュメリの顔と重なる。
王立騎士団団長、国内唯一の聖騎士。
誰よりも強く美しい騎士は、僕が思うよりずっと大変なのかもしれない。
(シュメリが笑えるように、傍にいたい)
僕はシュメリとバルトの手を握った。
そのまま、ゴロンと横になった。
「うわ!」
「おっと」
僕に引っ張られて、バルトが転がった。
シュメリは、合わせて寝てくれた。
「こんな風に寝転がって空を見たら、もっと楽しいよ」
視界いっぱいが空になって、まるで夜空の上にいるみたいだ。
「確かに、綺麗だな」
バルトが手を握り返してくれた。
「リンネと一緒に空を泳いでいるようで、いいね」
「三人で夜空を泳ごう」
僕は嬉しくて、握った手をパタパタさせた。
目の前で、星が流れた。
「あ! 流れ星!」
手を握ったまま、僕は指さした。
「願い事しなくちゃ……でも、消えちゃった」
流れ星が消える前に三回、願い事を唱えないと叶わないのに。
記憶が戻って、シュメリとバルトに大変な思いさせなくて済みますようにってお願いしたかったのに。
「流れ星に願い事をするのかい? 獣人の習慣?」
「聞いたことないけどな」
シュメリとバルトに、じっと見詰められた。
(え? こっちの世界には、そういう習慣ないの?)
「えっと、えっと……お星さまにお願いしたら、叶いそうな気がした」
しょもっと小さくなって、思い付いた言い訳をした。
「そうか」
バルトが頭を撫でてくれた。
「リンネはどんなお願いをしたかったんだい?」
シュメリが僕の髪に触れながら問う。
僕は、一瞬言葉に詰まった。
(これって、言ってもいいのかな)
考えながら、言葉を選ぶ。
「シュメリや、バルトのこと、もっと思い出したい」
迷惑かけないようにしたい。
それも僕の願いだけど。
それを話したら、盗み聞きがバレちゃうから。
「リンネ……無理しなくていいって、言っただろ」
バルトはいつもそう言ってくれる。
でも、きっとシュメリは、そう思ってない。
「バルトの言う通りだよ。過去より、これからの生活のほうが大切だ」
「え……」
僕はシュメリを振り返った。
「これからの時間で、私への想いを育んでくれたらいい」
シュメリが僕の髪にキスをした。
その顔は微笑んでいる。
(いいの? シュメリは僕が思い出さなくても、平気なの?)
チクンと、胸が痛んだ。
僕は大事な約束をしたはずで。
シュメリは今もその約束を守ってくれているはずで。
なのに、僕が思い出さないなんて。
「……やっぱり、思い出したい」
ぽそりと、心が零れた。
バルトが無言で、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「全く。リンネは優しい子だね」
目の前を、もう一つの流れ星が走った。
「あ!」
「リンネの願いを拾い上げに来たのかな」
「これでリンネの願いは叶うな」
シュメリとバルトが口々にいう。
それが嬉しい。
「うん……僕きっと、思い出すね。二人のこと、忘れているなんて、嫌なんだ」
二人の手を強く握る。
「リンネが元気なら、それでいいけどな」
「一緒にいられる今が、幸せだよ」
僕も幸せ。
三人でいられる今が、凄く幸せ。
だから二人の手を強く繋いだ。
この手が離れませんように。
次に流れ星が流れたら、そうお願いしよう。
仲良し大作戦のことなんてすっかり忘れていた。
僕はシュメリとバルトと手を繋いで、次の流れ星を待っていた。
コメント
1件
わあ、もうこのエピソードめっちゃ良かった…!シュメリの秘密の部屋、天窓から見える満天の星空、そして三人で寝転がって眺める流れ星とか、絵面がありありと浮かんでやばい。リンネが「思い出したい」って零すところ、胸がぎゅっとなったわ。流れ星に願いをかける文化の違いとか、そういう細かい設定も効いてるし、最後の「仲良し大作戦のこと忘れてた」でほっこりした。いい話すぎて反則だわこれ。