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春。
まだ少し冷たい風が吹く朝、病院の裏口に小さな男の子がいた。
薄い服で、膝を抱えて座っている。
そばには、しわくちゃの紙。
――「ごめんなさい」
それだけ。
「……君、大丈夫?」
声をかけたのは、小さな男の子。
胸には“委員長”のバッジ。
「オレ、LAN。ここの病院の委員長」
男の子は、ゆっくり顔を上げた。
「名前は?」
少しの沈黙。
そして、小さく首を振る。
LANは少し考えて、優しく笑った。
「じゃあさ、オレがつけてもいい?」
男の子は、ほんの少しだけうなずいた。
「“いるま”。どう?」
「……いるま」
「うん。いい名前」
その日、男の子は“いるま”になった。
「お腹、すいてる?」
こくん、と小さくうなずく。
LANは病院からパンとスープを持ってきた。
「ゆっくりでいいよ」
一口食べた瞬間、いるまの目から涙がこぼれる。
「……おいしい?」
うなずく。
LANは何も言わず、隣に座った。
夕方。
人の気配にびくっと反応するいるまを見て、LANは決めた。
「いるま」
「……?」
「オレんち、来る?」
目を見開くいるま。
「……いいの?」
「一人より、二人のほうがいい」
差し出された手。
少し迷ってから、いるまはその手を握った。
LANの家。
「ただいま!」
母が出てきて、驚く。
「その子は?」
LANはまっすぐ言った。
「一人だったんだ。連れてきた」
少しの沈黙。
そして母は、優しく聞いた。
「……お腹すいてる?」
いるまは小さくうなずく。
「じゃあ、入って。寒かったでしょ」
その日、いるまは初めて“家”に入った。
夜。
布団に入っても、いるまは眠れなかった。
「……こわい」
小さな声。
隣の部屋から、足音。
「いるま?」
LANが来る。
「寝れない?」
うなずく。
LANは何も言わず、隣に座って手を握る。
「大丈夫。オレいるから」
その温かさに、いるまは初めて安心して眠った。
それからの日々。
いるまは少しずつ笑うようになった。
「LAN!」
名前を呼ぶようになった。
一緒にごはんを食べて、
一緒に学校に行って、
一緒に帰ってきて。
“普通”が、増えていった。
四年生のある日。
「……オレって、なんでここにいるの?」
いるまの言葉に、LANは少し考える。
「捨てられたから、じゃない」
「……え?」
「オレと会うため」
まっすぐな目。
「いるまがいなかったら、オレ、こんなに笑ってない」
いるまの目に涙が浮かぶ。
「……ほんと?」
「ほんと」
その日、いるまは少しだけ自分を好きになれた。
五年生。
「なあ、いるま」
「なに?」
「中学行ったら、ここ来る回数減ると思う」
胸が痛む。
「……そっか」
「でも、いなくなるわけじゃない」
LANは笑う。
「約束する。忘れない」
「……オレも」
六年生、卒業の日。
病院の中庭。
桜が咲き始めていた。
「いるま」
「うん」
「最初会った時さ、めっちゃ小さかったな」
「今もそんな変わらない」
「言うなって」
二人で笑う。
でも、すぐに静けさが戻る。
LANはポケットから紙を出す。
――「いるま」
「これ、名前つけた時に書いたやつ」
いるまの手が震える。
「持ってて」
「……」
「これがあれば、一人じゃないって思えるだろ」
涙があふれる。
「……LAN」
「なに」
「オレ、もう怖くない」
「……そっか」
「名前くれた人がいるから」
LANは少しだけ目を潤ませて笑った。
「強くなったな」
最後に、強く抱きしめる。
「また会おうな」
「うん!」
春。
桜が舞う中、LANは歩き出す。
振り返ると、いるまがいる。
大きく手を振っている。
もう、あの頃の小さな子じゃない。
ちゃんと、自分の足で立っている。
LANは小さくつぶやく。
「……ありがとう」
“名前をもらった日から、ぼくは一人じゃなくなった。”