テラーノベル
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午前中の収録が予定より早く終わった。
「午後まで少し時間ありますね」
スタッフがスケジュール表を見ながら言う。
「佐野さん、隣のスタジオで雑誌の撮影してますよ」
「あ、そうなんですか」
「差し入れ持っていきます?」
テーブルの上には、事務所が用意したコーヒーと焼き菓子。
「ありがとうございます、じゃあついでにちょっと顔見てきます」
何となく手が伸びた。深い理由なんてない。
近くにいるなら届けよう。それだけだった。
⸻
スタジオのドアを開ける。
「失礼しま──」
声を掛けようとして、思わず足が止まった。
スタジオいっぱいにセットが組まれ、何台ものストロボが一定のリズムで光る。
スタッフが英語と日本語を飛び交わせながら忙しく動き回る、その真ん中に、勇斗がいた。
白いシャツは前が開いていて、袖は肘まで無造作にまくられている。
髪はいつもよりラフに流されて、首筋の線がよく見えた。
英語で勇斗が何かを言うと、向かいの金色の髪のモデルも楽しそうに笑った。
ーー笑うといつものはやちゃんだ。
目尻が下がって、子どもみたいにやわらかく笑う。
少し辿々しいながらも、ちゃんと会話になっているようだ。
そう思った次の瞬間だった。
いいね、とカメラマンが声を張る。
「彼女のこと、真剣な顔で見つめてみて」
はやちゃんの表情が変わる。
笑顔が消え、代わりに、静かな眼差しだけが残った。
空気が一瞬で変わる。
さっきまで優しかった目が熱を帯びる。
モデルを真っ直ぐ見つめる、その視線だけで、スタジオの温度が上がったような気がした。
スタッフの誰かがため息を吐きながら、きれい、と小さく呟く。
モデルが一歩近付く。
勇斗は自然に腰へ手を添えた。
触れるか触れないか、その絶妙な距離。
モデルが肩へ寄り掛かると、勇斗は軽く顔を傾け、その耳元へ何か囁くような角度になる。
もちろん、演出だ。
仕事だ。
分かっている。
眠りひめ
292
7,174
1,134
シャッター音が何度も響く。
モデルが笑う。
その笑顔につられるように、勇斗も少しだけ笑った。
その瞬間だけ、またいつもの勇斗に戻る。
でも次のカットでは、もう別人だった。
顎へそっと指を添えられても、
額が触れそうな距離まで近付いても、
少しも照れない。
余裕のある表情で、相手を包み込むように笑っている。
ーー知らなかった。
はやちゃんって、こんな顔もするんだ。
コメント
1件
あ、第25話中間、読み終わりました……!🤍 ほんの少しの差し入れのつもりが、まさかあんなプロの勇斗さんを見るとは思わなくて、どきっとしました。 普段の「はやちゃん」の優しい笑顔とのギャップがすごくて、私も知らなかったって思いました。 仕事モードの彼、かっこよすぎてちょっと複雑な気持ちになりました……。あんりさんの描写、細かくて好きです🥀