「ねー、ねー、うちの小学校の七不思議って四つしか無いね。」
そう言ってきたのは私の友達の鈴井ミナちゃん。今年三年生から四年になり、同じクラスになって友達になった。友達になったきっかけは…なんだっけ?覚えてないや。気がついたら一緒に遊んだり、お喋りするようになった。
「確かに。ええと…まずは、『チリンチリントイレ』でしょ?あとは『夜に動く銅像』。四階の『トイレの花子さん』。そして…『勝手に鳴るピアノ』。よくみんなが話しているのは、この四つだねぇ。」
私が指を折りながら数えているのを、ミナちゃんはウンウン頷きながら聞いている。
「そ!でもさぁ、『チリンチリントイレ』は実際にチリンチリンって音がしたけど、先生がね、「アレは古いトイレだから、水圧の影響で鳴っちゃうだけで、幽霊とかではないよ。」って、言ってたから、なんだか怖くなくなっちゃったし…。」
ふぅー、とため息をついて、ミナちゃんはやれやれと首を振った。
「他のも噂には聞くけど…見られるのが夜だったり、実際に見たって人がいなくて、あんまり怖くないよね。」
「そう!そうなの‼︎怖さが足んないの!」
私の言葉にミナちゃんは鼻の息を荒くした。とっても興奮しているようだ。
「だからね、あたし、思いついたの
…!」
ミナちゃんが教室中をキョロキョロ見ると、誰にも聞かれないように、こっそり私に耳でこしょこしょ話をした。
「……去年、階段から落ちたクレナちゃんの幽霊が出る。っていう七不思議を作るの!」
「……っ‼︎」
…クレナちゃん。去年の夏。私の隣のクラスにいる女の子が一人、階段から落ちて死んじゃった。その階段は滅多に人が通らないから、見つけた時にはもう手遅れだったみたい。
「…ストーリーはね、クレナちゃんがあの階段に行ったのは、いたずらのためじゃなくって、本当は、あそこにいた幽霊に誘われたの。そして幽霊に誘われたクレナちゃんは、幽霊に突き落とされて死んじゃって…そしてまた、幽霊になったクレナちゃんも…他の人間を幽霊にしようと探しているのだぁーーーーーー‼︎‼︎」
「わぁーーー‼︎‼︎急に大きい声耳元で出さないでよっ‼︎」
「はっはっは!ごめんごめん。」
ケラケラと笑いながら謝るミナちゃん。本当にそう思ってるとは思えないけど…
「…けど、それってクレナちゃんがちょっと可哀想じゃない…?」
やっぱりこんな噂は良くないんじゃないかなぁ…。
「まぁまぁ、逆に考えればさ、この噂を流せば誰もクレナちゃんの事忘れないよ。この事を無かった事に出来ないよ。クレナちゃんの為にもこの噂を流すべきだよ。」
少しミナちゃんの声のトーンが変わった気がした。真面目に話してくれてるような…それとも、上手く言いくるめられているのか…。
「うーん…。」
「ね!ね!決まり‼︎二人でこの噂広めよう!そして、この学校をもっとスリルのある学校に…フッフッフッ…。」
私の心配とは裏腹に、ミナちゃんはこの噂を流す気満々だ。
…何事も、なければいいんだけど…。
数週間後。ミナちゃんが噂を広めていろんな人があの階段を見に行くようになった。だけどやっぱり作った噂。本当にクレナちゃんの幽霊なんか、現れっこないし、そのうち誰も話さなくなるだろう。…私はそう、思っていた。
実際、ほとんどの人がクレナちゃんの幽霊なんていなかった。ただの噂だと片付けられかけた。しかし今、私達…いや、ミナちゃんが作った噂は『午後4時42分。階段を登った先に幽霊のクレナちゃんが立っている。』という噂に変わって、周りの子達に広がっている。
ガヤガヤと賑やかな休み時間の教室。しかし、その賑やかな話声の中に、必ずと言っていいほど、ひそひそとクレナちゃんの話題が聞こえる。
「……ねぇ、ミナちゃん…。大丈夫かなぁ。なんだか見たって人が出て来てるよ。」
「大丈夫だって‼︎それよりも!あたし達が流した噂、めちゃくちゃ広がってるねー‼︎ひょっとして、クレナちゃんの幽霊も、本当に出て来たりして‼︎」
「ちょっとやめてよ!怖いよ‼︎」
本気で怖がってる私なんて気にせずに、ミナちゃんはケラケラ笑う。自分の作った話がこれだけ広まって、作った人間にとっては愉快で面白いんだろうな。…個人的にちょっと良くないと思うけど。
「ね!ね!あたし達でさ、本当にクレナちゃんの幽霊がいるか見に行こうよ‼︎」
「え…?けどあれは作り話で…」
「何人もの人が見たって言ってるんだよっ!?これは作った側として確認しなくては…フッフッフッ…。」
面白いおもちゃを見つけたような表情を浮かべるミナちゃん。私は少し、ゾッとした。なんでミナちゃんは、なんとも思わないんだろうか。なんでこの話を笑い話のように出来るんだろうか…。
「本当にクレナちゃんが現れたら聞いてみよ!ひょっとして…あたし達が噂を流したから出て来てくれたの?って‼︎」
「嫌だよ。やめとこうよ…。」
「だーめ!決まり‼︎今日の放課後、噂の場所に行くからね!」
そう言ってミナちゃんは、私の意見なんて突っぱねて、強引に約束を取り付けた。…はぁ。放課後、来て欲しくないなぁ…。
いつもより短く感じた授業が終わって、あっという間に放課後になった。時刻は午後4時40分。私とミナちゃんの二人は、あの噂の場所へとやって来た。
「もうすぐだ…!もうすぐ噂の時間だ…!」
ワクワクが止まらないといった声を漏らしながら、ミナちゃんはあの時間を待っている。
私達がいるのはクレナちゃんが落ちたとされる階段の踊り場。四階から三階の中間だ。この踊り場にクレナちゃんは倒れていたみたい。
人気の無い場所。私達以外に人はいない。まぁ、ミナちゃんが流した噂の影響もあると思う。
踊り場には私とミナちゃんの全身が映るくらい、大きな鏡が壁に付けられている。今は放課後で薄暗いのも相まって、怖さを余計に増幅させている。
「ほら!ほら!もうすぐだよ!10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…‼︎」
ミナちゃんの声が静かになった途端、私の横を冷たい風が通り抜けた!これは気のせいなんかじゃない!私の髪が、風で揺れるのを感じたんだ‼︎
私は風の行く先を見た。視線をゆっくりと上げて…
「ひっ!」
思わず声が出てしまった。そこにいたのは…
…死んだはずのクレナちゃんだった。
「あ…あ…あれ…!」
「……。」
指を振るわせながら四階に立っているクレナちゃんを指差す。クレナちゃんの姿は半透明で脚がない。ボロボロの姿で、いかにも幽霊といった風貌だ。
「…あそこに行ってみようよ。」
「はぁ⁈ミナちゃん何言ってるのっ⁈」
ミナちゃんは、あれを見ても何とも思わないんだろうか。なんでこんなにも冷静なんだ⁈
私の静止も無視して、ゆっくりと階段を上がっていくミナちゃん。私もミナちゃんと離れるのが怖くって、後ろに着いて階段を上がっていく。ミナちゃんの背中から、おそるおそるクレナちゃんを見た。クレナちゃんはギョロっとした目でこちらを見ている。
『……ぁ…れぇ…。』
クレナちゃんの口が微かに動いて、小さいが声が聞こえる。うめき声のようで生きていた頃の声とは全然違う。
ゆっくりゆっくり上がった階段。私はクレナちゃんの方へ体を向けた。続いてミナちゃんも、クレナちゃんの方を見る。
「…ねぇ、なんか話しかけてみて。」
ミナちゃんが私にそう耳打ちした。
「…っやだ!ミナちゃんが話しかけてよ…。」
「…お願い!今度給食のデザートあげるから!」
「………わかったよぉ…。」
デザートの誘惑に負けて、私は何とか恐怖を堪えて声を振り絞った。
「く、くくクレナちゃん…?だよね…?」
『わぁ………れぇ…』
「…クレナちゃん何て言ってる?」
ミナちゃんがそう私に聞いてくるが、私も上手く聞き取れない。
『…ぁ…つぅ……れぇ…』
「ええ、えと、クレナちゃん…何て…」
私がクレナちゃんに聞き返した時だった。
『私は死んだんじゃない‼︎突き落とされたんだ‼︎』
『殺されたんだ‼︎【鈴井ミナ】に‼︎‼︎』
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