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「最近、こんな本を見つけてきました。回します」
山田先生は廊下側一番前の生徒に本を渡した。それには「正しい言葉の使い方」というタイトルがついていて、南関東州教職員組合連合会が取り組んでいる「敬語廃絶キャンペーン」と関係があるのだという。
しかしそんなこと、みんなも興味ないらしい。窓側奥の健太まで、本はすぐに廻ってきた。しかし健太には、渡す人がいない。手で重みを確かめて、それから机の上に置いた。陰が朝とは反対方向にできる。暇つぶしに中味をぱらぱらめくると、目次が出てきた。
第一章 百害あって一理なしの敬語……敬語は人を平等にしない
「大人に敬語を使うのはやめましょう。人間はひとりひとり対等かつ平等で、立派な権利を持っています」
山田先生はいつものように、中指でメガネを押し上げた。健太が真っ直ぐで固い本の表紙を閉じると、パンと音がした。これだけで生徒が数人振り返るとは、彼らの退屈具合がわかろうというものだ。
健太が手を上げると、教室から早速笑いが漏れた。先生はそしらぬ風で話を続けているが、先生松田がと他の生徒が言ったために、やっと当たった。
「あの、先生はなんで敬語を使ってるんですか」と健太。
先生は「言葉遣いに気をつけなさい」と言った。彼には、意味がよくつかめない。
「るんですか、じゃないでしょ」
あ、そういうことか。
「すい、いえ、あの、ご、ごめんね。先生はなんで敬語つかってんの?」
先生は、以後気をつけなさいと健太に言うと、みんなの方を向いた。
「大勢の前で話すときはいいんです。そのことは、さっきの本の第三章に出ています」
先生は「敬語使用の例外……大勢の前で話す場合・文章の中」とホワイトボードに書いた。隣の美緒は、一字一字丁寧にノートを取っている。