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でも、どうしても全員の心はつかめない。
「なぜだか、分かる?」
両足はしっかり地に着けていて、重心はふらついていない。手も動かしていない。聴衆と目を合わせて心のベルトもかけている。聴き手を考えて話題を選択し、焦点もひとつに絞った。アーとかウーとかの言葉は飲み込んだ、つもりだった。
「必要だと思うところに、身振り手ぶりを入れてごらんなさい」と先生は言った「視覚は、聴覚より強烈な感覚よ」
「お言葉ですが」と俺は言った「今さっき、体や手を動かさないようにしなさいっておっしゃいましたよね? 今度は動かせですか」
先生はひとこと、「そうよ」と答えた。
俺がいまひとつ飲み込めないでいると、「なぜかは、時間があるときゆっくり考えてみなさい」と言った。考えたって分かるわけないだろ、と思う。
ケマルが見本をみせると前へ進み出た。彼と入れ違いに席に戻る。
教壇に立つケマルは、テレビで見るよりも一層存在感があった。彼は山登りのことを一人二役で話したのだが、彼の母が話すときは教壇左に行き、足が棒になった姿勢を取った。彼自身が話すときは反対側に行って耳に手をあてた。彼と母との距離感が伝わる。母はかがみ込み、何かを摘んで立ち上がり、目を瞑って首を左右に振った。摘み取った花の大きさや形、匂いまでが伝わってきた。言葉は要所にしか使わず、あとは身振り手振りだ。その言葉もジョークを散りばめてあり、教室中が沸きかえる。