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「最後に何か言いたい人」と先生は言った。
俺は手をあげた。
「あっちとこっちじゃ、何もかも正反対ですよ! 城壁の向こうでは、話し手の言っていることが分からないのは全部、聞き手の勉強不足だとか、集中力不足だって言われます。何といっても、ヒヤリングの勉強ってのもありますからね」
「何それ?」と生徒の中の一人が言った。会話や講演なんかが吹き込まれたものを聞いて、どれだけその内容を理解したかを試す勉強だと答えると、クラス中が顔を見合わせた。
「壁の向こうは、そういう世界です」
先生は俺の方に近づいてきた。
「よし、いいだろう。ところで君に、一つだけ言っておこう。自分に壁を作るのはよしたほうがいい。今は言ってる意味が、よくわかんないだろうけど」
「先生。まだ信じてもらえてないようですが、本当に城壁って分厚くって、真下から見上げてると、首のうしろが痛くなるんです。僕は昨日も今日も、大変な思いをして超えて来たんです。壁の向こうの国では、肘付くなとか、綴りが一字違うとか、小さな点が一つ抜けてるとか、登場人物の性格はこうで、それ以外全部バツだとか、飽和水蒸気量を答えられないからゲズ野郎だとか、歴史の年号の数が一つ違っていたから頭悪いとか、こっちと違って学校なんてつまらないものですよ。
ついでに言えば、それだけじゃない。成績が上がらないのは生徒が悪い、やる気を出さないのは生徒が悪い、ってそればっか。親だってそう。どうして学校辞めたいなんて言い出すのか、私には全く理解できない、今までお前に何一つ不自由させたつもりはないのだから、悪いのは全てお前だとか、こんな成績じゃ将来安定した仕事に就けないぞとか、恥ずかしくて保護者会に出れないのだの、町を歩けないだの」
「結局、みんな君のせいにする。そういうことだね」と先生は言った。
「よく分かってくれました! やっぱりこっちの先生は違いますね。それでストレス溜まって酒かっくらって翌日の授業集中できないと、また『お前が悪い』とくる」
「そしてクタイ、君自身も悪いのは彼らだと思ってるんだね」
「まあ、そんなところです」
先生は腕を組んだ。壁時計の秒針が急にカチカチ鳴り出した。
「先生、何とか言ってくださいよ」
秒針が、三十回は鳴ったと思う。
先生はおもむろに腕をほどき、片方の手のひらをあごの下に置いた。
「いや、ね。君のいう意味が、やっと分かったよ。みんなが壁を作ってれば、お互いが向こうの人となる。君はその壁を今、乗り越えようとしはじめた」
この人は、何が言いたいんだろう。
チャイムが鳴った。窓の外を見ると、城壁はこの教室からではあの森に埋もれているらしく、見えなかった。