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初めまして、諸君。 こうして面と向かって語れる状況になった事を嬉しく思うよ。

これから語る内容は、所詮私の独り言の様なモノ。気にせずゆったりと話を聞いてくれると嬉しい限りだ。

っと、自己紹介を忘れていたね。

皆さんご存知の通り、私は日本最強と謳われる錬金術師 “永嶺 惣一郎” 。 一応、とある大きな組織を運営しているおじさんだ。


「まだおじさんって呼ばれるほどの年齢じゃないですよ、惣一郎さん」


私の所有する建物、そして私専用の部屋。 そのソファで寛いでいるのは、日本最強の妖術師である人物。

空間支配系統魔術師の『沙夜乃』を倒して暫く経った今、彼は次の魔術師が見つかるまで自由な時間を過ごしている。


「おや、そうかい?私はもう30を越えた身だ、特に君みたいな若い人からすればおじさんと呼ばれてもおかしくないよ」


なんて他愛も無い会話をしながら、私たちは時間を潰す。 互いに予定も無く、目的も無い。

空間支配系統魔術師の討伐を労って、何処かへ食事に行きたいのだが――― 生憎、外は時雨が降っている。

天気が悪いと言う理由だけで、外へ出たくない訳では無いが、今は場の雰囲気的に出ない方が良さそうだ。

コーヒーを一杯、彼に出してあげよう。そうすれば少しは気分が―――、


「どうしたんだい、苦汁を飲んだ様な顔をして ………やっぱり、まだ悩んでるのかい?君は感情が顔に出やすいから丸分かりだよ」


「――― 思い出すんです、あの時、僕が沙夜乃を殺した時の感覚を。人が死ぬ場面には慣れてたはずなのに、何故か心に引っかかってしまっているようで………」


彼が初めて偽・魔術師と接触した日から随分と経ったが、未だに人を殺す事を躊躇っている。


「”狂想刀・黒鶫”を構えた瞬間。僕の中で何かが『殺せ』と何度も囁いてきた事を、いつになっても思い出します」


調査報告書には記載されていなかったが、沙夜乃が拠点としていた建物内から複数人の子供が見つかった。

魔術の触媒として利用したのでは無いかと、最初は皆が思った。しかし、保護された子供達は声を揃えて、

「沙夜乃姉ちゃんはどこ?」

「さや姉はいつ帰ってくるの?」

と言っていた。その場にいた全ての子供達の出生や登録された情報を調べた結果、全員が両親のいない『孤児』であることが発覚した。

それは既に、彼にも話してある。


――― 正直、私は組織の記録に残すかどうか迷った。

魔術師とは言え、沙夜乃は孤児を拾い、自らの手で子供達を育てていた。己の目的の為ではない行動には敵ながら敬意を表するモノだ。

しかし、この事実を記録として残し公表すれば、一部の魔術師を支援している組が集まるのは確実。

それに、彼や組織の術師が後に魔術師と対峙する時に殺しにくくなる要因であると考えた。


「確かに沙夜乃は東京での大規模魔法事件で大勢の人の命を奪った、取り返しのつかない事をした、だけど……」

「死んだ数と生かした数が不釣り合いでも、沙夜乃の行動によって救われた命があったのは事実だ」

「――― 沙夜乃を殺した事で、その子達は形的には引き取られたとは言え『孤児』に戻った。 僕が沙夜乃を殺さなかったら、その子達はもっと幸せだったのかもしれない」


彼は、背負いすぎた。

まだ高校生と言う年齢でありながら、大人達の因縁の戦いに巻き込まれたと言わざるを得ない。そんな若人が、命の選抜を行うなんて到底不可能。

人を殺し、それを悔やむが、もし殺さなかったらの場合を考えてまた悩む。


私や組織の上の者になると、魔術師や偽・魔術師を殺した事に対して何も思わなくなる。 いや、思わない様に、感じない様にしている。

余計な感情を挟み、作戦に支障が出ないように振舞っている。 それは多くの場数を踏んできた魔術師であるが故の行動。

―――しかし彼は、


「………君は少し優しすぎるよ」


「そう、ですかね」


――― 彼は、まだ半人前だ。





「もう行くのかい?」


沙夜乃についての会話を終え、妖術師である彼は新たな任務『京都の魔術師』へ向けての準備を始めようとしている。

私としてはもう少し話したい所だが、後のことを考えたら、彼にそんな暇は無い。


「はい、そろそろ術の調整とかしないといけないので。一旦、自室に戻ろうかと思います」


なんとも仕事熱心な事だ、是非とも今後も続けて欲しい。

と、 沙夜乃についての会話に夢中になりすぎて完全に忘れていた。


「待った、もう一つ大事な話がある。これ、君への贈り物だ 」


手渡したのは一冊の緑色の本。新品でなんの変哲も無い本だが、妖術師の彼には “分かる” 。


「………妖術師のみ使用出来る、術が記載された本」


「すまないね、勝手ながら君の所有している蔵の中身を少々拝見させて貰った。その中で解読出来そうな本などを掻き集めて完成したのが、その本だ」


元日本最強の妖術師『八重垣 肇』が利用し、その息子の彼が持っていた蔵。

中に入った途端、周囲の仲間が体調不良を訴えてダウンした。恐らく何らかの結界が張ってあったのだろう。


「この本の内容は……?」


「君が使用出来る術の一覧だ。少々雑な訳になってしまったが、それなりに頑張ったつもりだよ」

「あと、最後のページ。赤いページがあるだろう?それは “都市部専用術” を使用出来る許可証だ」


都市部専用術。政府、警察から正式に許可された都市部でのみ扱える術の事。許可証には刻印があり、そこから術師専用の妖力や魔力、錬力が確保出来る。

そして、都市部専用術の内容妖術は『鑢・魔獣』のみ。空間支配系統魔術師との戦いで彼が使用した妖術の一つ。

本来ならば、京都での戦いに政府や警察から援助を受けておらず、許可も降りていない。


「――― 無断使用って事ですか?それって罪になったりしないですよね?」


「…………そ、その時は私がどうにかするよ」


正直、どうなるか私も分からない。


「けれど、持っておけば何かあった時に役立つ筈だ。それに、許可証の刻印から確保した妖力は “都市部専用術” では無く、別の術に使用してもらっても構わないよ」


沙夜乃との戦いで彼は相当な傷を負い、妖力不足の中、ギリギリの所で空間支配系統魔術師を討伐した。

私たちの予想では、京都の魔術師との戦いはソレを越えるほどの激戦になると考え、彼にこの本を渡した。


「ありがとう、惣一郎さん。この礼は帰って来た時に必ず」


感謝の一言だけを残し、彼は私の部屋を去った。

―――帰って来た時に、必ず。

彼はそう言った。京都の魔術師との戦いに勝利して、この場に戻って来た時の事を。


「………私は――― 死に場所を見つけてしまった」


先の戦い、京都の魔術師より遠い未来の戦い。私はその戦いがどの様な結末を迎えるのか分からない。

だが、想像を絶する程の修羅場となるのは、その時にならずとも考える事は容易い。

―――その決戦に向け、私は動かなくてはならない。 彼が帰って来た頃には、私はもう此処には居ないだろう。

私の席と地位は全て、呪術師である『間藤』に託してある。妖術師に体術を教え、沢山の術師を磨き上げてきた達人。

間藤に任せれば、万事上手くいく。

もしかしたら、私の時より上手く事が進むかもしれない。


「なんて、彼の前でそれを言ったら怒られてしまうだろうね」


目を通している途中だった資料を片手に、座っていた席から立ち上がり、コツコツと靴の音を立てて自室の出口へと進む。

この先へ進めば、もう後戻りは出来ない。

昔の様に、全てを取り戻す事は出来ない。

故に、今この瞬間を、逃す事は出来ない。

大きく開かれた扉の先から、青白い光が差し込む。妖術師と会話している間に雨は止み、快晴へと変化していた。

空の青と太陽の光が混ざった日差しは、閉じられる扉と連動するかのように。

――― ゆっくりと、影が光を覆い尽くした。

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