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『傘の下、君がいた』
放課後。空はどんよりと曇っていて、駅へ向かう頃には、細かい雨がポツポツと降り始めた。
姫那は傘を持っていなかった。
(朝は晴れてたのに……)
校門の前で立ち止まり、雨に濡れた鞄を見下ろしていると、
ふいに、姫那の頭上に“かさっ”と音が落ちた。
見上げると、翔が無言で傘を差し出していた。
「……入って。濡れるよ」
「えっ、でも、翔くんの分……」
「俺、濡れても平気。どうせすぐ家だし」
その言葉に、姫那は胸がきゅっとなった。
(なんで、こんなふうに……)
素直に傘の中へ入ると、ふたりの距離は自然と近くなる。
肩と肩が、かすかに触れるくらい。
翔のシャツの匂い、雨の匂い、静かな心臓の音が、全部やけに近く感じた。
「……翔くん、ありがとう」
そう呟くと、翔は少しだけ視線を横に向けた。
「うん」
たった一言なのに、翔の声が、前よりも少しだけ優しく聞こえた気がした。
雨の音だけが静かに鳴っている。
言葉がなくても、ぬくもりだけが、ずっと残っていた。