テラーノベル
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第4話 「戻る場所」グラウンドに、いつもの声はなかった。
「……一本目、いくぞ」
福間監督の合図でノックが始まる。
だが、どこか噛み合わない。
田村がいない――
それだけで、チームの軸がずれていた。
「声出せ!」
福間監督の声が飛ぶ。
だが返事は小さい。
動きも鈍い。
ミスが続く。
「やり直しや」
同じプレーを繰り返す。
またミス。
「最初から」
空気がどんどん重くなっていく。
練習後。
誰も口を開かないまま、ベンチに座り込む。
「……やっぱ無理だろ」
「田村抜けて、どうすんだよ」
弱音が漏れる。
そのとき――
「それでいいのかよ」
声を出したのは、小早川啓介だった。
全員の視線が集まる。
「俺たち、このまま終わるのか?」
静かな声だった。
でも、はっきり届いた。
「監督の言ってること、間違ってないだろ」
誰も反論しない。
「悔しくないのかよ」
一歩前に出る。
「負けて、“練習が悪い”って言い訳して」
言葉が強くなる。
「そんなの、ダサいだろ」
空気が止まる。
その中で、一人が小さく言った。
「……じゃあどうすんだよ」
啓介は迷わなかった。
「やるしかないだろ」
短い答え。
沈黙のあと。
「……俺はやる」
そう言って立ち上がったのは、1年の投手だった。
「俺も」
「……やるしかねぇか」
少しずつ、立ち上がる。
完全じゃない。
でも、確実に何かが動いた。
その夜。
啓介は一人で歩いていた。
足は自然と、あの店に向いていた。
暖簾をくぐる。
「いらっしゃい」
いつもの声。
席に座ると、おっちゃんが顔を見る。
「……顔が変わったな」
啓介は少し驚く。
「え?」
「昨日より、ええ顔しとる」
鉄板に生地を流しながら言う。
「チーム、うまくいってないです」
ぽつりと漏らす。
おっちゃんは手を止めない。
「ほう」
「一人、来てなくて……」
「辞めたんか?」
「……分かりません」
ジュウ、と音が鳴る。
しばらくして、おっちゃんが口を開く。
「野球はな」
ひっくり返す音。
「一人じゃできん」
シンプルな言葉だった。
「でもな」
ソースを塗りながら続ける。
「一人から変わることはある」
啓介は顔を上げる。
「誰かがやらんと、何も変わらん」
鉄板の上で、湯気が立ち上る。
「ほんなら、お前がやれ」
それだけだった。
店を出たあと、夜風が少し涼しかった。
空を見上げる。
(俺が、やる)
小さく、でもはっきりと思った。
翌日。
グラウンドに立つ啓介の声が、一番大きかった。
「いきます!」
「もう一本!」
#高校生
その声に、少しずつ周りが応える。
まだバラバラ。
でも――
昨日とは違った。
練習の終わり。
グラウンドの端に、人影があった。
田村だった。
フェンス越しに、黙って見ている。
誰にも気づかれないように。
だが、福間監督だけは気づいていた。
何も言わない。
ただ一瞬だけ、視線を向ける。
(戻ってくるかどうかは、自分で決めろ)
そんな無言の圧が、そこにあった。
夕焼けの中、声が少しだけ揃い始める。
柳城はまだ弱い。
でも――
初めて、「チーム」になりかけていた。
第4話 終
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