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#高校生
第5話 「戻る理由」
夕暮れのグラウンド。
練習が終わり、部員たちが片付けを始めていた。
そのとき――
ギィ、とフェンスの扉が開く音がした。
振り向いた数人の視線の先に、立っていたのは田村だった。
空気が止まる。
誰も声をかけない。
田村はゆっくりと中に入り、グラウンドの端で立ち止まった。
その視線の先には、福間監督。
「……すみませんでした」
深く頭を下げる。
誰も動かない。
静寂。
福間監督はしばらく何も言わなかった。
やがて一歩、田村に近づく。
「なんで来た」
短い問い。
田村は顔を上げる。
迷いはあった。
だが、目は逸らさなかった。
「……野球がしたいです」
即答ではなかった。
でも、本音だった。
「ここじゃなくてもできるやろ」
福間監督の言葉は冷静だった。
「他の学校でも、クラブでも」
一歩、距離を詰める。
「なんで柳城なんや」
言葉に詰まる。
悔しさ。
怒り。
迷い。
全部が混ざる。
「……勝ちたいんです」
絞り出すような声。
「このまま終わるの、嫌なんです」
拳を握る。
「でも……やり方が分からなくて」
沈黙。
風が少しだけ吹いた。
「ほう」
福間監督はそれだけ言った。
そして――
「じゃあ聞く」
視線を外さずに続ける。
「お前、変わる気あるか」
田村は一瞬、息を止めた。
(変わる……?)
それは、今までの自分を否定することでもあった。
だが――
「……あります」
ゆっくり、しかしはっきりと答えた。
「ほんなら」
福間監督は背を向ける。
「明日から、やり直しや」
それだけだった。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
「……え?」
思わず声が漏れる。
振り返らずに言う。
「1年と同じメニューや」
「整備から全部」
グラウンドがざわつく。
それはつまり――
“最初からやり直せ”ということだった。
田村は下を向く。
プライドが揺れる。
主力だった自分が、1年と同じ扱い。
だが――
ゆっくりと顔を上げた。
「……やります」
その瞬間。
初めて、福間監督がわずかに頷いた。
翌日。
朝のグラウンド。
誰よりも早く来ていたのは、田村だった。
一人で雑草を抜いている。
そこに、小早川啓介がやってくる。
少し驚いた顔。
「……早いっすね」
田村は手を止めずに答える。
「昨日言われただろ」
「やり直しだって」
少しの沈黙。
啓介がしゃがみ込む。
「手伝います」
一緒に草を抜き始める。
「……なんでだよ」
田村がぼそっと言う。
「お前、関係ねぇだろ」
啓介は手を止めずに答える。
「同じチームなんで」
シンプルだった。
田村は少しだけ笑った。
「……変なやつだな」
その様子を見ていた部員たちも、少しずつ集まってくる。
無言で作業に加わる。
気づけば、全員が揃っていた。
誰に言われたわけでもなく。
その光景を、福間監督は少し離れた場所から見ていた。
何も言わない。
ただ、静かに頷く。
グラウンドの土が、朝日に照らされる。
昨日より、少しだけ整っている。
そして――
チームも、少しだけ整い始めていた。
第5話 終
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