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カテリナが通されたのは、窓の無い部屋であった。広い部屋には高級ではあるが落ち着きのある家具が室内を彩り、大きなソファーには赤いドレスを身に纏った金の髪を腰まで伸ばした美女が足を組んで腰掛けていた。
「久しぶりね、姉さん。何年ぶりかしら?」
彼女の名は、ティアーナ=メルン。五番街を牛耳る『花園の妖精達』を取り仕切る伝説の娼婦であり、カテリナが娼館に居た頃からの付き合い。
血の繋がりはないが、何かと世話を焼いてくれたカテリナを姉と慕っている。通称『風俗街の女帝』であり、『会合』のメンバーの一人である。愛称はティア。
「直接顔を会わせるのは九年ぶりですよ、ティア。元気そうで何よりです」
向かいに座りながらカテリナも言葉を投げ掛ける。
「そんなになるかしら?早いものねぇ。何か飲む?」
「禁酒していますので、水を」
「はい?禁酒?姉さんが?何処か悪いの?」
カテリナは酒好きとして知られており、当然それを知っているティアーナも驚きを隠せなかった。
「そう言うわけではありません。娘との約束ですから」
「ああ、最近何かと話題の女の子。姉さんが子供を拾ったって聞いた時は、人身売買に手を出すのかなって思ったわよ」
笑みを浮かべながら、ティアーナは控えていた者達に下がるように合図を送る。
「そう思われても仕方ありませんね。最も、拾うのは二人目ですよ」
「リースリットはそれなりに成長してたじゃない。娘さんは幾つだったかしら?」
「今年で十八歳です」
「もうそんなになるの?嫌ねぇ。時間が経つのは早いわ」
ティアーナはワイングラスを二つ用意して自分とカテリナのグラスに水を注ぐ。
「気が付けば、小さかったあの娘も成長しました。目を離せないのは変わりませんがね」
「ふふっ、会ってみたいわね。それで?今日はどうしたの?」
グラスを置きながら本題に入るティアーナ。
「久しぶりに妹の顔を見たくなっただけです」
「あははははっ!」
カテリナの言葉に一瞬キョトンとなったティアーナは、お腹を抱えながら笑う。
「何ですか」
「だって、姉さんからそんな言葉が出るなんて……ふふふっ!朝から笑わせないでよ。私の知ってる姉さんは、そんな殊勝な事をするような人じゃないわよ」
笑いすぎて零れた涙を拭うティアーナ。
「失礼な、その程度の配慮くらいは出来ます」
「ふふふっ!あー、可笑しかった。それで?本音は?」
「娘の事です」
「あー……あれかしら?仲良くしてくれって事?」
「そんなところです。あの娘の話は聞いていますか?」
「何かと話題になってるわよ。話をするお客も少なくないしねぇ?」
「話題になっていますか」
「むしろ為らないと思ってたの?縄張りを取らないで自分で町を作るなんて発想がそもそもぶっ飛んでるじゃない?」
何処か呆れたように問い掛けるティアーナ。
「否定はしません。何かと突拍子もないことを始める娘ですからね」
カテリナも肩を竦める。
「いろんな話を聞くわよ。最近の大きな騒ぎの中には必ず娘さんが居るんだもの。良い話から、悪い話まで色々あるわ」
「やはり悪意ある話もありますか」
「そりゃあ、新参だもの。面白く思わない組織の方が多いわ。それと、面白いのは抗争の後に『暁』がどんな動きをするか話題にしてる人も居るわね」
ティアーナの言葉にカテリナは目を細める。
「『暁』が勝利すると考えている者が居るのですね」
「そう言う連中は厄介よ。そのうち接触しに来るんじゃないかしら?」
水を飲みながら語るティアーナ。それはカテリナが想定しているよりも『暁』の名は知られており、それを利用とする蠢きを感じずにはいられなかった。
「今の暁には後ろ楯が必要です。まだまだ不安定なのですから」
「あら、『オータムリゾート』や『海狼の牙』だけじゃ不足なのかしら?」
流し目でカテリナを見るティアーナ。
「『オータムリゾート』はまだしも、『海狼の牙』との盟約すら知っていますか」
「男はベッドの上だと口が軽くなるわ。そもそも、口の固い男はあんまり娼館を出入りしないしね」
『ボルガンズ・レポート』程ではないが、ティアーナの下にも娼婦達が仕入れた情報が集まり、その情報網は決して侮れないものがあった。
「後ろ楯に為ってくれますか?」
「姉さんの頼みだもの。無下には出来ないわ。けれど、直ぐにとは言えないわね。会って話もしてみたいし」
「『血塗られた戦旗』との抗争が終われば、連れてきますよ。そこまで長く掛からないでしょう」
「姉さんも居るし、そこは心配してないわ。ただ、会ってくれるかしら?私は娼婦よ。娘さん、お嬢様何でしょう?」
「待ちなさい、ティアーナ。それを何処で聞いたのですか?」
カテリナの身体に力が入る。シャーリィの身分については極秘事項である。
「安心して、誰にも聞いてないわ。ただ話を聞いて推測しただけ。姉さんの反応を見るに、当たりだったみたいね」
悪戯が成功したように笑みを浮かべるティアーナを見て、カテリナも脱力するように深く座る。
「かまを掛けられただけですか。全く、紛らわしい」
「ふふっ、ごめんなさい。大丈夫、他言はしないわ。でも、隠し通すのは無理じゃないかしら?うちなんかより耳の良い連中は山ほど居るわよ」
「それでも公然とするよりはマシです。いや、何れはあの娘の身分が役立つことがあるでしょう」
「身分?ちょっと待って、姉さん。大商人の娘さんとかじゃ無いの?その言い方だとまさか……」
「好奇心は猫を殺すだそうですよ?ティア。これ以上はあの娘から信用を勝ち取って聞きなさい」
「あら?まだ後ろ楯になるなんて言ってないわよ?」
「貴女は馬鹿ではありませんから、あの娘に会えば分かりますよ。話は以上です。お邪魔しましたね」
立ち上がるカテリナ。それに合わせてティアーナも立ち上がる。
「久しぶりに話せて良かったわ、姉さん。娘さんと会えるのを楽しみにしてる。その時は一緒に仕事が出来るのも嬉しいわ」
「ティアも、身の回りには気を付けなさい。尾行されていましたから、私が来たことは知られていますよ」
「ちょっと、いきなり面倒事持ち込まないでよ」
「私と貴女の関係は少し調べれば分かることです。追求されても知らぬ存ぜぬで通しなさい。それが出来るくらいには力があるでしょう?」
「はぁ……なんだか仕組まれているような気がするけど、姉さんだしね。私を使うなら高いわよ。良いわね?」
「期待していなさい、ティア。シャーリィは貴女を満足させてくれますよ。では、また」
カテリナの働き掛けにより、『花園の妖精達』は『暁』に関心を寄せることとなる。