テラーノベル
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琥珀さんの「語り部屋」より嫉妬フィン日です。視点がコロコロ変わりますのでご注意ください。
退勤時間を狙い澄ましたように降る、予定外の雨。
今朝、今夜は綺麗に星が見えると話していた気象予報士は、今頃オフィスで肩身の狭い思いをしているのだろうか。
「ほんっと当たるよねぇ、アイスの天気予報。」
アイスランドが誇らしげに胸を張った。
その横では、デンマークが折り畳み傘を開くのに苦戦している。
「ま、自然はお友達ですからぁ?」
もっと褒めていいよ〜、とダル絡みを始めたアイスランドを放り、雨で霞む前方を見やる。
と、見覚えのある人影が点滅しかける横断歩道へと隣を駆けて行った。
「…あれ、日本?」
華奢なシルエットがこちらを向く。
振り返ったのは黒目の童顔。
「あっ、スウェーデンさん。」
やはり日本だ。
「ちょっ、ずぶ濡れじゃん!」
入りな入りな、と傘へ手招きする。
ありがとうございます天気予報見たんですけどね、と、苦笑しながら日本が寄ってきた。
隣に並ぶと、その線の細さがよくわかる。
平均身長の高い自分たち北欧の国々は当然として、アジアの中でも小さい部類に入るであろう彼を見て、むくむくとよからぬ方向へと思考が舵を切り始める。
(…フィンとヤるときどうしてんだろ…)
一瞬で脳内に咲き誇る薔薇の楽園。
決して友人同士の仲の良さに漬け込んで、不純な妄想に耽っているわけではない。
「あれ、北欧のみなさんご一緒なんですか?」
「ごめんねぇ〜、フィンはちょっとだけ残業。」
デンマークがそうニマニマと言う。
「こら、あんまからかわないの。」
街頭の薄明かりでもわかるほど真っ赤になってしまった日本を見兼ね、アイスランドがデンマークを叩いた。
そう。フィンランドと日本、このふたりは恋人関係にあるのだ。
まぁ、この通り日本が恥ずかしがって、知っているのは自分たち北欧メンバーだけなのだが。
「…てか日本、すごいずぶ濡れじゃない?」
「ははは…会社出たタイミングでは小雨だったので、いけるかなぁと…。」
「ダメだよ〜、風邪ひいちゃう!」
あいつむっつりだしなぁ…意外にえげつないプレイとかしてるのかも、と花園が完全にがピンク一色になってきた頃、デンマークが言った。
「どっかで服乾かさないとだねぇ。びしょびしょじゃ電車も乗り辛いでしょ。」
相変わらず面倒見がいい。
慌てて思考を正常モードに直す。
どうしたものかと唸っていると、アイスランドが声を上げた。
「フィンの家行けばいいじゃん。あいつんとこならギリ歩けるよね!」
「…でも、会社なんじゃ…。」
家行くのには抵抗ないんだ、と心のネタ帳に新情報を刻み込む。
「だいじょぶだいじょぶ。合鍵あるし。」
「えぇ………。」
「後で連絡いれりゃあ大丈夫でしょ。」
ま、日本が理由なら怒んないだろうしね、と言うと、日本は気恥ずかしそうに俯いた。
その表情に再び脳のセンサーが反応する。
これは、色々聞き出さなければいけない。
***
「残業お疲れ〜、フィンランド〜。」
「…あれ、帰ったんじゃなかったのか?」
つい先刻去って行ったはずのポーランドとの再会に首を捻る。
「忘れ物しちゃってさぁ。」
あったあった、と歌うような報告。
「そうか。気を付けて帰れよ。」
「うん。……あっ、そうだ聞いてよ!」
大ニュースだよ大ニュース、とデスクをバンバン叩かれる。
騒がしいことこの上ないが、日本を彷彿とさせる無邪気な瞳は、何だか憎めない。
「何?」
「日本がスウェーデンと一緒に帰ってたんだよ!」
浮気か、と心の中にゆらりと黒い炎が立ち上がる。
しかしすぐに萎んだ。
「…そうか。」
日本に限ってそれはない。特に、相手がスウェーデンともなれば。
以前日本とやたら距離が近かったので問い詰めた際、全てを悟ったような穏やかな笑みを浮かべながら、一生挟まり野郎にはなんないから、と妙に誇らしげな宣言をしたような奴だ。
どこぞの自称紳士なんかよりよっぽど安全だ、と胸を撫で下ろす。
あれ、あんまりビックリしてない、とポーランドが溢した。
「でもこれ聞いたら絶対ビックリするんだよ?」
「何。」
スウェーデンがニマニマと不審者じみた笑顔で日本に詰め寄っていた、とでも言うのだろうか。
奴の大好きな薄い本のネタにでもするのだろう。
「ふたり、相合傘してたんだよ〜!!」
ガタン、と暴力的な音を発して椅子が倒れた。
「何ぃっ!?」
うふふ、とポーランドは両頬に手を当てる。
「付き合ってたりするのかなぁ〜、ふた……り……?」
あれ、と首を傾げる。
目の前にいたはずのフィンランドと彼の荷物が、綺麗さっぱりいなくなっていた。
***
「ぐぇっ……」
脇腹を軽く抑える。
「もぉー…何……?」
「こっちのセリフだ。」
寝ぼけ眼をこすると、目の前に般若がいた。
「日本と相合傘って何だ。あとこの状況も何だ。」
違う。フィンランドだった。
「あぁ…嫉妬なのね、フィンくん。」
「キモい顔すんな。見飽きた。」
フィンランドが苛立たしげにソファを見やる。
つられて目線をやった。
すよすよとかわいらしい寝息を立てて眠る日本。
その肩に寄りかかるデンマークと、膝に頭を置いたアイスランドが寝顔を晒している。
ふたりは死刑確定だな、と気の毒げな視線を向け、ふと妙案が頭をよぎった。
おもむろに立ち上がってふたりの肩を叩く。
「う〜……おはよ……。」
目覚めが良くて助かる、と、ニヤリと悪人じみた笑みを浮かべる。
「にーほん、起きようね〜。」
そう言い、思いっきり日本に抱きついた。
ふたりに目配せをする。意図に気付いたのか、デンマークがその細い腰に腕を巻きつけ、アイスランドは首元に顔を埋めた。
『フィンランドさん、全然嫉妬してくれないんです。』
桜色の唇がそう溢したのは、確か服を着替えた時だったと思う。
私のこと飽きちゃったんでしょうか、と不安げに瞳を揺らす日本を見て思ったことはただ一つ。
『いや、ない。あのクソ重メンヘラ束縛ヘタレに限って。ない。絶対。』
日本が眠りの深いタイプであることは、フィンランドへの取材で判明している。
眠り姫と王子が結ばれるには、悪魔の呪いが必要なのだ。
すりすりと頬擦りをし、寝起きの体を温める。動物園の小動物触れ合いコーナーを連想した。
「…ん゛ぇ……。」
仕上げとでも言うように、ちゅっと音を立ててキスを落とす。
「んっ………」
日本はそんな声を出すと、薄く目を開けた。
その瞳がぼんやりと自分を映した瞬間、長い腕が伸びてくる。
フィンランドくん?、と不思議そうに日本が呟いた。
「触んな。俺のだ。」
ガラス玉のような瞳が焼き切れそうなほどの激情が瞳孔に渦を巻いている。
ぐ、と独占欲を隠しもせずに強く日本を抱き寄せると、どすの利いた声でフィンランドは言い放った。
「…日本、行くよ。」
「…へっ?」
何が何だかわかっていなさそうな表情を浮かべた日本が、されるがままに手を引かれて出て行った。
ニマニマと作戦の成功に頬が緩まる。
今のフィンランドは嫉妬で日本を繋ぎ止めること以外頭にないだろうし、日本は日本で情報処理にいっぱいいっぱい。
それに…と、綺麗に畳まれたスーツを見やる。
『あ。どうしましょう、着替え…。』
『これ着れば?』
『えっ……で、でも…これって……。』
『いーでしょ。あいつ、スーツとか滅多に着ないし。他の服着る方がダメなんじゃない?服少ないしさ。』
別の男の傘に入って帰り、あまつさえ頬へのキスを許した、ブカブカな彼のシャツを着た日本。
そんな格好のエサに、あの拗らせむっつりくんが食いつかないわけがない。
「よしっ、帰るぞお前ら!!」
脳内で、完成形の見えた薄い本を閉じる。
一番美味しいエサをもらったのは自分かもしれないな、とスウェーデンは舌なめずりをした。
(終)
コメント
6件
今回もとっても美味しかったです 健康になれました(?)
騒ぐ心を鎮めるのに時間がかかってしまいました… 重ねての感謝となりますが、リクエストに応えてくださりありがとうございます!!にわかさんのフィン日が見れるなんて嬉しすぎる…お話の尊さと読みたいものを書いていただけた喜びで水なくても一ヶ月はもちますね。明日からも頑張れそうです。