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第六十八話 知らない世界
「知らないからこそ、知りたいと思える。その気持ちが、次の一歩になる。」
五月の終わり。
新しい生活にも慣れてきた頃。
湊は、いつものように
カメラを持って街を歩いていた。
高校を卒業してから、
写真を撮る時間はむしろ増えた。
学校という決まった場所がなくなったことで、
今まで気づかなかった景色にも
目が向くようになった。
朝の駅。
仕事へ向かう人。
公園で遊ぶ子どもたち。
夕方、店のシャッターを閉める人。
何気ない日常。
でも、湊にとっては、その一つ一つが写真になる。
そんなある日。
スマホに一件のメッセージが届いた。
以前、写真展で知り合った人からだった。
『今度、小さなイベントの撮影をお願いできない?』
湊は画面を見つめた。
「……撮影の依頼?」
今まで、写真を撮ることは好きだった。
誰かに頼まれて撮ることも、
少し経験したことはある。
でも、本格的に「仕事」として
頼まれるのは初めてだった。
しばらく迷ってから、返信する。
『僕でよければ、お願いします。』
撮影当日。
会場に着くと、思っていたより多くの人がいた。
子どもから大人まで、いろんな人が集まっている。
「緊張してる?」
声をかけられて振り返る。
「少し……。」
「大丈夫。いつも通り撮ればいいよ。」
そう言われても、今日はいつもの写真とは違う。
自分が撮った写真を、誰かが待っている。
そのことを考えると、
シャッターを押す手に少し力が入った。
でも、ファインダーを覗いた瞬間。
不思議と落ち着いた。
笑っている人。
誰かを応援している人。
楽しそうに話している人。
#異世界転移
花月夜れん
1,957
200
ユキ
85
47
湊は、一人ひとりの表情を追いかけた。
——カシャッ。
——カシャッ。
気づけば、緊張していたことも忘れていた。
撮影が終わった。
写真を確認していると、主催者の人が隣に座った。
「いい写真だね。」
「ありがとうございます。」
「特にこの写真。」
一枚の写真を指差す。
そこには、
イベントの片隅で笑っている親子が写っていた。
「この二人、すごく楽しそう。」
湊は写真を見る。
撮った瞬間を思い出す。
「撮っているときも、すごく楽しそうだったので。」
「そういうのが伝わる写真って、いいよね。」
その言葉を聞いた瞬間。
湊の胸に、何かが残った。
自分が撮りたかった写真は、
こういうものなのかもしれない。
綺麗な景色だけじゃない。
人の気持ちが伝わる写真。
その人にとって、大切な時間になる写真。
こないだ書いた夢が、
少しだけ現実に近づいた気がした。
帰り道。
湊は撮影した写真を見返していた。
高校時代なら、
きっと「上手く撮れたか」ばかり気にしていた。
でも今は違う。
この写真を見た人は、何を感じるだろう。
そんなことを考えるようになった。
駅へ向かう途中、スマホが震える。
紬からだった。
『今日、何してたの?』
湊は写真を一枚送る。
『初めて撮影の依頼を受けた。』
しばらくして、返信が来た。
『すごいじゃん!』
『夢に一歩近づいたね。』
その言葉を見て、湊は笑った。
『まだまだだけどね。』
すると、紬からもう一枚写真が送られてきた。
大学の建物。
その前で撮った写真だった。
『私も今日、興味のある活動に参加してみた。』
『知らない人ばっかりで緊張したけど、楽しかった。』
湊はその写真を見ながら思う。
自分だけじゃない。
紬も、自分の未来に向かって歩いている。
離れているからこそ、
お互いの知らない毎日が増えていく。
それでも。
新しいことを見つけたら、一番に伝えたくなる。
その関係は、昔から変わらなかった。
夜。
湊は今日撮った写真の中から、一枚を選んだ。
イベントの最後。
みんなが笑っている瞬間を撮った写真。
それをパソコンに保存する。
ファイル名を入力する。
「新しい一歩」
保存ボタンを押す。
知らない世界に一歩踏み込んだ。
そこで見つけたのは、写真の技術だけじゃない。
自分が何を残したいのか。
少しずつ、その答えが見えてきた。
湊はカメラを机の上に置く。
そして、明日の予定を確認する。
また新しい一日が始まる。
まだ知らない景色が、きっと待っている。
📷 Photo.068「新しい一歩」
撮影日:5月28日
知らない世界に踏み込んだから、
初めて見えたものがあった。
一歩進めば、
また次の一歩が見えてくる。
その先にある未来を、
今はまだ知らない。
コメント
1件
うわあ、このエピソードすごく好きです。湊が初めての「仕事」としての撮影を経験して、自分が残したいものの輪郭が少しずつ見えてくる――そのプロセスが瑞々しくて。特に「いつも通り撮ればいいよ」と言われても緊張してたのに、ファインダーを覗いた瞬間に落ち着くあたり、写真家の感覚がリアルだなと思いました。あと紬とのやり取りが自然で、距離ができても変わらない関係っていいですよね。「新しい一歩」というファイル名で締めるのも、湊の今の感情にぴったりでした。