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先生は健太の席からでも楽に読めるほど大きな字で「私」と書き、その上からもっと大きな×をつけた。
「とくに女子に言います。教室で男の子達のように、自分のことを『俺』と言ってる人がいますが、大いに結構なことです」
続いて隣に同じくらい大きく「平等」と書くと、先生は二重まぶたの目をぱちぱちさせた。
「この教室のみんなは、一人ひとり平等なの。憲法で保障されているのよ。私だって例外じゃないわ。大人も子供も、みんな平等」
廊下から鰹節の匂いが漂ってくる。前の席の友達が振り向いて、今日のメニュー何と聞いてきた。健太がわかんないと答えると、友達はチェッと舌を鳴らした。他の子を見ると、塾の宿題を内職している者が多そうだ。よだれを垂らして寝ているものもいる。
健太は、日差しをよける手を上に伸ばした。
「先生」
生徒は一斉に健太の方を振り返った。彼らの目は、退屈しのぎ以上の何かを期待していることはわかっていた。
「質問なんですけど」
「はいどうぞ」
「先生はなんで自分のこと『私』って言うの?」
山田先生の、首筋を移動中のハンカチが止まった。
「それはね、私の子供の頃は今と違ったの」
先生はハンカチを教卓の上で四つ折にした。
「それに、私の年で『俺』って言ったら、かえって変じゃない?」
「でも、大人と子供って、平等なんでしょ?」
「そうよ」
「子供って、大人と同じような言葉使ってもいいんでしょ?」
「そうよ。それが、あなたがたの権利なの」
「なら、大人も子供と同じ言葉使うべきなの?」
「そうね。だって平等だもの」
「じゃ、何で先生は」
山田先生の顔に狼狽の色が濃くなった。教室がザワつきはじめる。
「いいわ。健太君にも一人の人間として意見をいう権利があるの。残りの時間はこの問題について、みんなで議論しましょう」
先生はそう言ったあと、いかにも大人が言いそうな権利と義務の説をぶった。話は途切れることなく続く。あくびをする子。机の上で寝る子。塾の宿題をやりはじめる子。
チャイムが鳴ると、先生は急いで去っていった。健太は不満な表情を浮かべるが、他の子供達はそうでもない。
「今日はきつねうどんだ」
「俺、たぬきそばの方がいい」
叫び声、ドタバタ走る音が渦巻く。