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「なんだ、上の方にも人が住んでるんじゃないか。
あやかしが経営してる商店なのかと思ってたぞ」
と上の集落に出た倫太郎が言う。
壱花の祖母の家を出発して、しばらく田畑と墓くらいしかなかったが、この辺りにはまた結構大きな集落があるのだ。
冨樫が、ところどころに今風の家が建っている町並みを見、ふうんという感じで言ってきた。
「何処まで行っても人間って住んでるものなんですね」
「あのー、山を登ってっても、そのまま天に向かうわけじゃなくて、てっぺんってものがあるんで」
と壱花は苦笑いして説明する。
「そこから下りたら、また人住んでるんですよ。
この辺りの集落を少し向こう側に下りたら、またぼちぼち大きな街があるので。
たぶん、それで、おばあちゃんちの辺りより、この辺りの方が人が多いんです」
それを聞いた倫太郎が、
「それはそうなんだろうが。
さっきまでの道は、世界が滅びたのかと思うような道だったぞ」
と言ってくる。
いや……、この三人だけで生き残るの、なんか怖いんですけど。
なんとなく。
そして、世界が滅びても、あやかしたちは生きてそうだ。
だったら、結構この辺りは賑やかだろうかなと壱花は思う。
祖母の村ですら、あれだけ居た。
人口の多いところの方が意外に多いかもしれない。
人に紛れて暮らすことができるからだ。
あやかしたちは意外に街にも馴染んでいる。
いつも来る狸の親子や、あずき洗いのおじいさんのように。
「あ、あそこです」
壱花は、これまたちょっと高台にある、ほんとうに小さな商店を指さした。
端の方が錆びた看板のかかった、昔ながらの商店だ。
「ほう、懐かしいような店だな。
いや、こんな店に行ったことはないんだが」
そんな適当なことを言いながら、倫太郎が店の中に入る。
足許はちょっと湿った感じのコンクリートで。
生鮮食品や日用品が点々と置いてある。
ジャンルを問わず、生活に必要な商品が少しずつ置いてあるせいか。
古い家屋と冷蔵設備のせいか。
いろんなものが入り混じった不思議な匂いがしたが、それがまた、なにやら懐かしい感じがする。
冨樫が辺りを見回し、
「このピロピロピロピロという謎の音はなんでしょうね」
と訊いていた。
もちろん、倫太郎に答えられるわけもなく、壱花も、いや~と苦笑いしながら答える。
「私もよくわからないんですけど。
なにか昔から、この音するんですよね」
店内のなにかの設備の音なのだろうか。
謎だ……と思ったとき、倫太郎が無人のレジを見ながら言ってきた。
「どうでもいいが、店員が出てこないが、大丈夫なのか」
「いや、まあ、人がいる気配くらい察してるんじゃないですかね?
声かけたら、きっと出てこられますよ」
と言いながら、
「あ、さっきの飴」
と壱花はレジ近くのワゴンに並べてある駄菓子を手に取る。
「飴といえば、昔、金色の水晶みたいな飴をもらったことがありますよ」
と丸い砂糖のまぶしたカステラのようなものを眺めながら冨樫が言う。
「ああ、紅茶味のやつですね。
私、あれ、好きなんですよ。
おばあちゃんちにたまにあるんですけど。
あ、あった」
壱花はその丸いカステラの入った袋の下から水晶にも見える紅茶の飴を引っ張り出した。
「買って帰ろうっと。
あとでバスであげますねー」
と言って、ふと見ると、倫太郎は目を皿のようにして、視線だけでなにかを探している。
「……もしや、コーヒーガムとか探してますか?」
「ないな。
意外に古いものはないのだろうか。
商品が少ないから、賞味期限が切れたらすぐにわかりそうだしな」
撤去されずに残ってるなんてないか、と倫太郎は少し寂しげに言ってくる。
「いやー、でも、たまに切れてるのありますよ。
この店じゃないんですけど。
友だちがこういう感じの店で、賞味期限が明日のメロンパン買って食べたら、やけにパサパサしてて。
おかしいなーと思って、食べたあと袋見たら、一年前の明日だったとか」
「それ、大丈夫だったのか……」
「普通、おかしいと思ったら、そこでやめないか?」
と倫太郎と冨樫に畳みかけるように言われる。
さすがお前の友だちだな、とよくわからない話の閉められ方をしてしまったので。
その友人がそのメロンパンでも平気で、学祭で茹でたうどんを一週間食べ続けても平気だったことは黙っておこうと思った。
さすがお前の友だちだな、とまた言われそうな気がしたからだ。
壱花が埃をかぶった洗剤などがぽつんぽつんと置いてあるスチール棚を見ていると、倫太郎が、
「どうした。
ケセランパサランを探しているのか」
と言ってくる。
「ケセランパサラン、埃じゃないって言ったの、社長じゃないですか……」
と言ったあとで、壱花は店内を見回し、
「いやー、子どもの頃は、おばあちゃんがよくいろんなもの送ってきてくれてたなーと思って。
なわとびとかトランプとか花札とか、お菓子とか」
と呟く。
「宅配便代の方が高くついてたろうなと思うんですが」
その辺でも買えそうなものをぎゅうぎゅう箱に詰めてくれているおばあちゃんを思い浮かべると、なんだかそれが特別なおもちゃやお菓子に見えたものだ。
しみじみと壱花は語る。
「そういえば、大学生になっても、野菜と一緒にお菓子送ってくれてましたね。
で、お菓子の下にお金が入ってたりするんです」
「悪代官か」
という倫太郎の呟きにより、途端にいい話でなくなってしまったが……。