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第21話「エルフに役所と大学がやってきました」
午前九時二十分。
営業企画部。
部長が言った。
「厚生労働省」
「はい」
「文部科学省」
「はい」
「大学の研究者三人」
「はい」
森野リリカは自分の席で。
長い耳を出したまま。
完全に固まっていた。
「森野さんに会いたいって」
「嫌です」
即答。
部長が困る。
「そう言われても」
「嫌です」
「一応、もう応接室に」
「帰ってもらってください」
「森野さん」
「私は珍しい動物じゃありません」
ぴく。
耳が強く動く。
怒っている。
相沢直人は隣から言った。
「会わなくてもいいんじゃないですか」
部長が頭をかく。
「俺もそう思うんだけどさ」
「だったら」
「向こうも強制じゃない」
「じゃあ断りましょう」
森野が立つ。
「私、仕事がありますので」
部長がうなずく。
「分かった」
そのとき。
神崎レオンが言った。
「ただ」
森野が見る。
「何?」
「役所とは話しておいたほうがいいかもしれません」
「どうして?」
「これから問題になるからです」
「何が?」
神崎は指を折る。
「年金」
「……」
「健康保険」
「……」
「雇用保険」
「……」
「年齢」
「……」
「戸籍」
「……」
「税金」
「税金は払ってます!」
「そこだけ強く言わなくても」
相沢が聞く。
「そういえば森野さん」
「はい」
「年金どうなってるの?」
「聞かないでください」
「百四十三歳なら」
「聞かないでください」
「もう受給――」
「相沢さん」
森野の目が怖い。
「はい」
「恋人でも個人情報です」
「はい」
田中美咲が隣から言う。
「百四十三歳で会社員って、制度的にどうなるんだろ」
森野が頭を抱えた。
「だから公表したくなかったんです」
結局。
厚生労働省の担当者だけ。
話をすることになった。
午前十時。
応接室。
森野。
部長。
人事部長。
そして。
なぜか相沢。
「どうして俺も?」
廊下で聞く。
森野が言う。
「来てください」
「俺、関係ないよ」
「来てください」
「監視?」
「精神安定要員です」
「新しい役職だな」
ぴく。
応接室。
男性二人。
女性一人。
名刺交換。
「厚生労働省の――」
普通。
驚くほど普通。
誰も森野の耳を凝視しない。
少し見る。
でも。
頑張って見ないようにしている。
それが逆に分かる。
「本日はありがとうございます」
「はい」
森野は警戒している。
担当者が言う。
「まず申し上げますが」
「はい」
「今日は調査ではありません」
森野の耳が少し上がる。
「事情を確認したいという段階です」
「事情?」
「森野さんが」
担当者が言いにくそうにする。
「百四十三歳であるという情報について」
沈黙。
人事部長が咳をする。
森野が答える。
「事実です」
担当者がメモ。
「生年月日は?」
「それは」
森野が止まる。
「西暦で?」
「可能であれば」
森野が答える。
担当者の手が止まる。
もう一度確認。
「間違いありませんか?」
「はい」
「明治以前になりますね」
「そうですね」
相沢は横で思う。
この会話。
会社の応接室でする内容ではない。
担当者が続ける。
「現在の戸籍上は?」
森野が説明する。
かなり複雑らしい。
何度か身分を整理し。
制度が変わるたびに対応し。
現在は現在で。
人間社会で生活できる形になっている。
担当者三人。
メモが止まらない。
「前例がありません」
女性担当者が言った。
森野が答える。
「でしょうね」
「確認に時間が必要です」
「はい」
「ただ」
担当者が少し笑う。
「現時点で、森野さんに仕事を辞めていただく理由はありません」
森野の耳が。
ぴく。
相沢はそれを見て。
少し安心した。
「ありがとうございます」
「むしろ」
担当者が資料を見る。
「今後、長寿の方が他にも存在するのであれば」
森野。
「……」
「制度上の整理が必要になる可能性があります」
森野が慎重に答える。
「他のことについては答えられません」
「承知しています」
意外と。
話は穏やかだった。
三十分。
終了。
廊下へ出る。
森野が大きく息を吐く。
「疲れました」
「でも普通だったね」
相沢が言う。
「はい」
「もっと捕獲されると思った?」
森野が睨む。
「少し」
「本当に?」
「昔はいろいろありましたから」
耳は動かない。
相沢はそれ以上聞かなかった。
午前十一時。
次。
文部科学省。
森野が言う。
「これは断ります」
部長。
「教育関係の確認らしい」
「何の?」
「大学を五回卒業してる件」
森野が止まる。
相沢が吹き出す。
「そこ?」
神崎も笑う。
「五回は珍しいですからね」
「エルフ関係ないでしょう!」
「普通の人は五回行かない」
「時間があったんです!」
田中が聞く。
「何学部?」
森野が答える。
「文学部、経済学部、法学部、教育学部」
「四つ」
「あと農学部」
相沢が驚く。
「農学部?」
「はい」
「エルフだから?」
「違います!」
ぴく。
「今動いた」
「少し関係あります!」
結局。
文部科学省とは。
十五分だけ話した。
午後零時。
昼休み。
森野は机に突っ伏している。
「もう帰りたいです」
相沢が言う。
「まだ大学の先生三人いるよ」
「言わないでください」
「何の研究者?」
神崎が調べる。
「生物学」
森野。
「嫌です」
「文化人類学」
「嫌です」
「老年学」
森野が顔を上げる。
「絶対嫌です」
相沢が笑う。
「百四十三歳だから」
「笑わないでください」
田中が言う。
「でも研究者なら会いたいだろうね」
「私は会いたくありません」
「一人くらい」
「嫌です」
「話だけ」
「嫌です」
「耳だけでも」
「田中さんまで向こう側に行かないでください!」
午後一時。
大学研究者三人との面会は。
正式に断った。
ところが。
午後一時半。
部長が来る。
「森野さん」
「今度は何ですか」
「テレビ局」
「断ってください」
「新聞社」
「断ってください」
「雑誌」
「断ってください」
「動画配信者」
「絶対断ってください」
「海外メディア」
「断ってください!」
午後二時。
広報部が。
森野への取材をすべて断る方針を決めた。
午後三時。
ようやく仕事。
森野は企画書を作る。
相沢も資料を作る。
神崎は数字をまとめる。
普通。
静か。
キーボードの音。
電話。
コピー機。
相沢はふと思う。
昨日までなら。
これが当たり前だった。
でも。
今は。
隣の席で。
長い耳を出したエルフが。
Excelを使っている。
「森野さん」
「はい」
「何でもない」
「何ですか」
「エルフがExcel使ってるなと思って」
森野がゆっくり相沢を見る。
「百四十三歳でもExcelくらい使います」
「関数は?」
「相沢さんより詳しいです」
「ピボットテーブル」
「使えます」
「マクロ」
「少し」
「負けた」
「何と戦ってるんですか」
午後四時。
田中が森野の席へ。
「森野さん」
「はい」
「一個だけ聞いていい?」
「もう何でもどうぞ」
完全に諦めている。
「エルフって」
「はい」
「恋愛するとどうなるの?」
相沢の手が止まる。
神崎の手も止まる。
森野の耳が。
ぴく。
「普通です」
「本当に?」
「普通です」
「じゃあ相沢さんと?」
「田中さん」
「はい」
「仕事してください」
「休憩中」
「休憩を終了してください」
田中が笑って戻る。
相沢が小声で言う。
「俺も聞きたい」
「何を?」
「エルフの恋愛」
「今してるでしょう!」
「そうだった」
「忘れないでください!」
午後六時。
退社。
会社前。
昨日より人は減った。
それでも。
数人いる。
相沢と森野は裏口から出る。
今日は神崎も一緒。
駅まで歩く。
森野が言う。
「普通に仕事したいです」
「してたじゃん」
相沢が言う。
「半分くらい」
「午後は普通だった」
「明日は?」
「普通になるんじゃない?」
神崎が言う。
「しばらく無理でしょうね」
森野が睨む。
「レオン」
「事実です」
「少しは希望を持たせてください」
神崎が笑う。
駅。
神崎と別れる。
相沢と森野。
二人。
森野は。
今日も耳を隠していない。
電車の中。
向かいの小さな女の子が。
森野をじっと見る。
森野も気づく。
女の子が母親に小声で聞く。
「ママ」
「何?」
「あのお姉ちゃん」
森野が少し緊張する。
「エルフ?」
母親が困る。
森野は。
少し考えて。
女の子に笑った。
「そうだよ」
女の子の目が輝く。
「本物?」
「本物」
「耳動く?」
森野が。
ぴく。
耳を動かす。
女の子が笑う。
「すごい!」
森野も笑う。
母親が頭を下げる。
「すみません」
「いえ」
電車を降りる。
相沢が言う。
「楽しそうだったね」
「子供はいいんです」
「大人は?」
「質問が多いです」
「俺も?」
「相沢さんは特に」
「じゃあ一個」
「嫌です」
「まだ聞いてない」
「どうせ耳のことです」
「違う」
「何ですか?」
相沢が言う。
「今週末、どこか行く?」
森野が止まる。
「デートですか?」
「うん」
ぴく。
耳が上がる。
「行きます」
「即答」
「悪いですか」
「いや」
「どこですか?」
「まだ決めてない」
「じゃあ考えましょう」
二人で歩く。
騒ぎが起きてから。
初めて。
普通の恋人らしい話をした気がした。
その夜。
午後九時四十分。
相沢のスマートフォンが鳴る。
森野から。
『週末の件です』
『うん』
『水族館はどうですか』
『いいね』
『混んでますかね』
『たぶん』
『耳、目立ちますよね』
相沢は少し考える。
『帽子かぶる?』
既読。
しばらく。
返事。
『いいえ』
『出して行きます』
相沢は笑う。
『了解』
その直後。
別のメッセージ。
神崎。
『相沢さん』
『何?』
『少し問題が』
嫌な予感。
『今度は何』
神崎から画像。
一枚の古い白黒写真。
相沢は拡大する。
女性が写っている。
着物。
若い。
長い髪。
耳は隠れている。
しかし。
顔。
どう見ても。
森野リリカだった。
写真の下。
印刷された文字。
『大正十二年 京都』
相沢は画面を見る。
神崎から。
もう一通。
『古い新聞写真を調べ始めた人がいます』
さらに。
『リリカの過去の写真が、次々に見つかっています』
相沢は。
ベッドの上で。
ゆっくり起き上がった。
現在だけではない。
百四十三年生きてきた森野の。
百年以上の過去まで。
人間たちは。
探し始めていた。
コメント
1件
ああ、ようやく日常が戻ってきたかと思ったら、まさかの過去掘り起こし展開か…! いや、でもこのエピソード、役所の人たちが「前例がない」って戸惑いながらもちゃんと対応しようとしてる感じがすごくリアルで面白かったわ。森野さんが「税金は払ってます!」って叫んだところ、思わず笑った。あと電車の女の子とのやり取り、「本物?」「本物」の流れ、めっちゃほっこりした。で、最後の神崎のメッセージ…大正時代の写真? リリカの過去が次々と見つかるって、これはちょっと怖い展開だな。土曜のデート楽しく過ごせますようにって心から願うわ…