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翌日、領邦軍の使者がシェルドハーフェンを経由して一足先に『黄昏』へと赴いていた。先触れとしての意味合いが強く、歓迎するように命じるためである。
使者はそのまま『黄昏』中心にある領主の館へと辿り着いた。
「栄えある帝国貴族ガズウット男爵家の者である!速やかにこの町の責任者を出せ!」
高価な服を纏った傲慢な男が大声で宣言する。それを聞き、衛兵達は身構えて屋敷へと知らせる。
「来ましたか。セレスティン、一緒に来てください。他の皆は手を出さないように。相手は先触れですからね」
シャーリィはセレスティンを伴って屋敷を出る。これは遠回しに屋敷へ入れるつもりは無いことを現していた。
「貴様が責任者か、小娘!」
「そうですが、何か御用ですか?」
使者の物言いにセレスティンが眉を潜めるが、シャーリィは気にせず対応を行う。
「喜べ!男爵閣下は、先のスタンピードによって被害を受けた貴様らに対して慈悲を与えることを決定した。今後の警備も予て領邦軍を此方へ向かわせている!三百人分の食料と寝床を速やかに用意せよ!」
「それは構いませんが、代金は?」
「何を言うか!貴様らを護ってやろうとの閣下の慈悲を理解しないのか!全て貴様らが負担せよ!」
「それはあまりにも横暴では?」
「男爵閣下の命である!村娘風情が、歯向かうつもりか!」
シャーリィは敢えてレイミとお揃いの村娘スタイルで出迎えている。
「では、護ってくださるとのことですが、何からですか?魔物による襲撃は途絶えていますが」
「はっ!世間知らずの田舎娘らしい物言いだな。魔物が次に来襲する危険を理解していないようだ。奴らは何度でも来る。だから我々が守ってやるのだ!」
「用心棒のようなことをしてくれると?」
「そうだ!もちろん対価は貰うぞ。この町の自治権を速やかに男爵家へと渡し、更に星金貨百枚を献上せよ!これは前金だからな、明日までに用意するように!それと、貴様村娘にしては良い女だ。男爵閣下のお側に仕える栄誉を授けるので、準備をしておくように」
一つ一つ律儀に言葉を返していたシャーリィだったが、あまりにも横暴な物言いに不快感を感じていた。
「突然やってきて、護ってやるから全財産を寄越せなんて。しかも私を貰うとは」
「なんだ?男爵閣下の命に歯向かうか?ならば町ごと滅ぼすことになるが?このような町を踏み潰すなど容易いのだぞ」
使者が来た時点で警備隊は装備を刀剣に切り替え、衣服もボロボロのものに着替えていた。
使者を欺くためである。
「即答はできません。明日までには結論を出しますので、今日はお帰りください」
「私は男爵閣下の使者だ!歓待もしないつもりか!」
「スタンピードで余裕がありません」
「その屋敷があるではないか!」
「怪我人だらけですが、それでも構いませんか?」
「なんだと?」
「住民を収容できる場所が他に無いのです。諦めてください」
「ちっ!」
「町の宿ならご案内できますが?」
「この私をボロ宿に泊めるつもりか!?無礼な小娘だ!後悔することになるからな!」
最後にシャーリィを怒鳴り付けて使者は肩を怒らせて踵を返し足早に去っていった。
「アレが貴族の使者なのですか?」
「はっ、お嬢様。これが帝国貴族の現実でございます。旦那様はこのような現状を変えようと尽力され、そして恐らくは……」
「大半の貴族に疎まれて、あの日の悲劇が発生したと。何とも信じ難い光景でしたが、正しく導いてくれた両親に感謝しないといけませんね」
「御意」
「セレスティン、良く我慢してくれましたね」
シャーリィは視線をセレスティンへ向けて老執事を労う。
「お嬢様への不敬を思えば腸が煮え繰り返る心地でございました。しかし、お嬢様が控えよと申されましたので」
シャーリィは言葉にしていないが、制されたことを察したセレスティンはただ黙した。
「あの程度の輩に腹を立てても意味はありませんよ。下手に脅して逃げられても厄介ですからね。まあ、日差しが暑かったからイライラしていたのかな?」
領主の館へ戻りながら語らう主従。真夏の日差しが照りつけているが、シャーリィ達は日陰に居たので暑さは幾分和らいでいた。使者は直射日光を浴びていたが。
「御意。礼を失した相手に礼を尽くす謂れも無し」
ロビーへと戻ると、幹部連が待機していた。彼らを見渡して、シャーリィは静かに頷く。
「適当に煽っておきました。明日には領邦軍が進出してくるでしょう。リナさん」
「はっ。既に領邦軍はシェルドハーフェン東部を南下中です。魔物の襲撃が無いことが悔やまれます」
「スタンピードで根絶やしにしてしまいましたからね。『ラドン平原』を安全にした成果を評価してほしいものです」
リナとシャーリィが言葉を交わしていると、セレスティンが一歩前に出る。
「お歴々、卑しくも彼の者らはお嬢様に男爵の床へ入れとの戯れ言を放言した。かような狼藉、不敬が許されようか」
「は?」
セレスティンの言葉に幹部連の怒気が溢れ出す。
「シャーリィを……なんだって?」
「男爵は私を抱きたいらしいですよ、ルイ。正確には使者の言葉ですが」
「よし殺す。シャーリィ、止めんなよ?」
「止めませんよ?」
「なるほど、シャーリィが欲しいと。目の付け所は悪くありませんね。許す筈もありませんが」
「これが帝国貴族なのですか?旦那様や奥様を見ていたら……」
カテリナは静かに怒り、エーリカは首をかしげた。彼女にとって貴族とはアーキハクト伯爵家であるからだ。
「これが現実らしいですよ?エーリカ」
「では遠慮は要りませんね」
「マクベスさん。海賊衆は居ませんが、問題は?」
「復帰した兵達を合わせれば、問題はありません。今のお話を伝えますので、士気も申し分無いかと」
「では、各自予定通りに対応してください。レイミから計画は順調との連絡を受けましたので、遠慮は無用です」
「それでは、私達は敵を北部陣地へ誘い込むように動きます」
「主力を北部陣地へ移動させます」
リナ、マクベスの言葉にシャーリィも頷く。
「嬢ちゃん、マクベスには話したが今回戦車隊の参加は無理だ。派手に損傷しておってな、整備が追い付かんのだ」
「分かりました。ドルマンさん達も参加は不要、業務を進めてください」
「承った、任せておけ」
「アスカは私の傍に居てくださいね」
「……ん」
最後にシャーリィはアスカの頭を撫でてもう一度皆を見渡す。
「彼らは私達の努力を全て奪おうとしています。この町も、皆も。私の大切なものです。そしてそれを狙うならば、彼らは敵です。敵に対して容赦は不要。殲滅します」
「「「おうっ!!!」」」
シャーリィの言葉に幹部連も武器を掲げて応える。その様子をロウだけは優しげに見つめていた。