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「あー、見られちまったか。ま、気にするな。羽理には内緒で男同士のイケナイ話をしてただけだから。――そうだよな? 倍相」
「はい。〝大葉さん〟と、ドキドキするような時間を共有していただけです」
どこか上気したような色っぽい顔で、岳斗が大葉をうっとりと見つめるから。
羽理は何だか余計にそわそわしてしまう。
(ちょっ、もしかしてコレ。『皆星』で連載中の、『あ〜ん、課長っ♥ こんなところでそんなっ♥』のヒロインのライバル役を男性に置き換えなきゃいけないんじゃないの!?)
なんてことを思ってしまうような……そんな雰囲気なのだ。
(大葉にその気がなさそうなのがせめてもの救いだけど)
これで大葉にまでそんな雰囲気を醸し出されてしまったら、羽理の立つ瀬がない。
***
まさか羽理にBL展開を心配されているだなんてこれっぽちも思っていない大葉は、急に岳斗から「大葉さん」だなんて呼ばれて、ポーカーフェイスのまま実はゾワリと全身に鳥肌を立てていた。
(な、何なんだっ、いきなり!)
口裏を合わせてくれたのは有難いが、妙に親密な空気を醸し出されて――。
さっきまで羽理を挟んで火花バチバチだったはずなのに何事だ?と思わずにはいられない。
(俺が羽理にヤツの悪事をバラさなかったからか?)
ただ単に、大葉としては羽理が敬愛している上司さまのイメージを崩すのは忍びないと思っただけだったのだが。
信頼している倍相岳斗が、まさか自分を陥れるような嘘をついただなんて知ったら、羽理が傷付く。
それだけは何としても避けたかった。
(俺は羽理が悲しい思いをすんのは嫌なんだよ)
本当にただそれだけだったのだが――。
案外大葉は、目の前の男から弱みを握られたとでも思われて絶対服従の権利を得てしまったのかも知れない。
***
倍相岳斗は屋久蓑大葉が荒木羽理のために本気で怒る姿を見た瞬間、電撃が走るような衝撃を覚えた。
今まで自分に対してこんな風にあからさまに牙を剥いてきた相手はいなかったし、ましてやそれが全て愛しい彼女のためとか。
(かっこよすぎでしょう、屋久蓑大葉!)
今でも大葉が耳元で囁いてきたバリトンボイスが岳斗の脳内を侵食している。
何だかよく分からないが、今までいけ好かない人間でしかなかったはずの屋久蓑大葉に、敬愛の情がわいてきてしまって。
気が付けば、つい無意識に〝大葉さん〟と親しみを込めて呼んでしまっていた。
(ああ、この感情、何て言うんだろう……)
羽理と話している大葉をぼんやりと見つめて――。
(あんなに気を遣われて。……羽理ちゃん、ズルイなぁ)
無意識にそう思ってから、岳斗はハッとする。
(いや、いや、いや! ちょっと待って?)
いつの間にか岳斗の中で、屋久蓑大葉はただの上司ではなく、〝人として(?)かなり好き〟な対象に設定されてしまったっぽい。
大葉の性的対象は絶対に異性で、自分だってそのはずなのに。
(ズルイ、はどう考えたっておかしいでしょう!)
今の考えは、バグとしか思えない。
(そうだ。この感情は……憧れに違いない!)
きっと、自分もあんな男になれたらな?と言う思いが上手く処理しきれなくて、恋愛感情に誤認されかけているだけに違いない。
(ちょっと気持ちの整理が必要だな。……家に帰って一旦頭を冷やそう)
岳斗は小さく吐息を落とすと、そう結論づけた。
***
大葉の、本気の脅しがきいたんだろうか。
あのやり取りの後、岳斗はやけにあっさりと立ち上がって。
「じゃあ、僕、そろそろ帰りますね」
そう言ってどこか憂いを帯びた表情で微笑んだ。
そうして玄関を出る間際、「あのっ! い、色々ありましたけど……僕は大葉さんに敵意はありませんのでそこだけは誤解しないで頂きたいです。それから……お役に立てるかどうかは分かりませんが、困ったことがあったらいつでも相談して下さい。お力添えいたします。……あ、もちろん羽理ちゃんも」と、まるで取って付けたように今までは最優先事項だったはずの羽理へ愛想笑いをするから。
後に残された羽理とふたり。
大葉は岳斗の余りの変わり身に戸惑わずにはいられなかったのだが。
「うー。何だかモヤッとします。倍相課長ってば、まるで大葉に恋しちゃってるみたいなんですもん」
羽理が唇を尖らせてポツンとそんなことを言うから、思わず「はぁっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
「い、いや……どう考えてもそりゃねぇだろ」
大葉の言葉に、羽理は「え? ありますよ! あの表情は絶対フォーリンラブですもん! 気付けなかったとしたら……大葉が鈍すぎるからです!」とか。
「いや、お前がそれを言うか!?」
今まで散々頑張ってきた自分のアプローチを羽理に袖にされまくってきた大葉が、思わずそう返したのも無理はない。
(そもそも男同士でそんな……。俺もアイツもノーマルだぞ!?)
つい今し方まで自分と岳斗が、羽理を巡って火花バチバチだったことを、羽理だって知っているだろうに。
大葉は、何をバカげたことを……と、思わずにはいられなかった。
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