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🎧短編「知らない音」
ライブ終わり。
楽屋は、いつもより少しだけ騒がしかった。
「さっきのベースやばかったです!」
「音めっちゃ好きです!」
知らないバンドのメンバーが、琉夏に話しかけている。
琉夏「あー、どうも」
軽く返す。
こういうのには、もう慣れている。
適当に相槌を打ちながら、タイミングを見て抜けるつもりだった。
その少し離れたところ。
冬星は、壁にもたれてそれを見ていた。
特に何をするわけでもなく。
ただ、見ている。
「今度一緒にやりません?」
その一言に。
ほんの少しだけ、空気が変わる。
琉夏「……あー」
曖昧に濁す。
その瞬間。
視界の端で、冬星が少しだけ視線を逸らした。
ほんの一瞬。
でも。
妙に気に残る。
琉夏「まあ、タイミング合えば」
無難に返す。
それ以上、踏み込まない。
相手も、それ以上は押してこない。
「ぜひぜひ!」と笑って、離れていく。
楽屋が、少しだけ静かになる。
琉夏は、無意識に視線を向ける。
冬星は、もうこちらを見ていなかった。
外に出る。
夜風が少しだけ冷たい。
数秒遅れて、ドアが開く音。
隣に、冬星が並ぶ。
琉夏「……なんか言えよ」
ぽつりと落とす。
冬星は、少しだけ眉を寄せる。
冬星「なにを」
とぼけた返し。
でも。
分かってるくせに、って思う。
琉夏「さっきの」
少しだけ間を置く。
琉夏「どう思った」
試すみたいな言い方。
冬星は、少しだけ考えてから。
冬星「別に」
即答。
その速さが、逆に引っかかる。
琉夏「……ふーん」
小さく返す。
それ以上は言わない。
言わないけど。
少しだけ、物足りない。
歩き出す。
並んで。
でも、少しだけ距離がある。
冬星「やるの」
不意に、聞かれる。
短い言葉。
でも、ちゃんと核心をついていた。
琉夏「なにを」
分かってて返す。
少しだけ、意地悪く。
冬星「さっきのやつ」
視線は前のまま。
淡々とした声。
少しだけ、間があった。
わざと、考えるふりをする。
琉夏「……どうしよっかな」
軽く言う。
その瞬間。
冬星の足が、ほんの一瞬だけ止まる。
でも、すぐに戻る。
見逃すくらいの変化。
でも。
ちゃんと見えた。
琉夏「冗談だよ」
小さく笑う。
琉夏「やんねえって」
それだけ言う。
沈黙。
でも。
さっきより、少しだけ空気が柔らかい。
冬星「……別に、やってもいいけど」
ぽつりと落ちる。
その言葉に、少しだけ驚く。
琉夏「は?」
思わず振り向く。
冬星「そっちの方が、合うなら」
視線は逸らしたまま。
淡々としてるけど。
どこか、少しだけ硬い。
その一言で、分かる。
──ああ、これ。
琉夏「……はは」
思わず笑う。
冬星「なに」
少しだけ不機嫌そうな声。
琉夏「いや」
首を振る。
琉夏「分かりやす」
ぽつりと呟く。
冬星が、わずかに眉を寄せる。
冬星「なにが」
琉夏「別に」
さっきの仕返しみたいに返す。
少しだけ沈黙。
でも。
今度は、悪くない。
琉夏「やんねえよ」
改めて言う。
冬星「……そう」
短い返事。
でも。
ほんの少しだけ、力が抜ける。
琉夏「だってさ」
続ける。
琉夏「ああいうの、つまんねえし」
本音だった。
整いすぎてる音。
悪くはないけど。
刺さらない。
少しだけ間。
琉夏「それに」
言いかけて、止まる。
でも。
そのまま続ける。
琉夏「……お前の方が、面白い」
小さく言う。
冬星が、少しだけ足を止める。
冬星「……は?」
珍しく、戸惑った声。
琉夏「そのまんま」
肩をすくめる。
沈黙。
少しだけ長い。
それから。
冬星「……意味わかんない」
小さく呟く。
でも。
その声は、少しだけ柔らかい。
歩き出す。
ふたり並んで。
今度は、少しだけ距離が近い。
言葉にしない。
確かめない。
でも。
ちゃんと分かってる。
“取られたくない”とかじゃない。
“縛りたい”わけでもない。
ただ。
他のやつじゃ、つまんない。
それだけ。