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🎧短編「名前のない距離」
雨が降っていた。
強くはないけど、じわじわ濡れるタイプのやつ。
ライブ終わり。
外に出たときには、もう降っていた。
琉夏「……最悪」
小さく呟く。
傘は、持ってきていない。
まあ、いつものこと。
少し遅れて、ドアが開く音。
隣に並ぶ気配。
冬星「降ってるな」
どうでもよさそうに言う。
琉夏「見りゃ分かるだろ」
軽く返す。
少しだけ間。
雨音だけが、静かに響く。
冬星「どうする」
短い問い。
琉夏「走るか」
即答。
顔を見合わせる。
一瞬の間。
同時に、笑う。
走り出す。
雨を切るみたいに。
アスファルトを蹴る音。
濡れるのも気にせず、ただ走る。
駅の屋根の下に滑り込む。
琉夏「……っは」
息が上がる。
髪も、服も、少し濡れている。
冬星「無駄に走ったな」
淡々とした声。
でも、少しだけ息が乱れてる。
琉夏「うるせえ」
笑いながら返す。
少しだけ沈黙。
でも、さっきより近い。
距離も、空気も。
雨が、屋根を叩く音。
少しだけ強くなる。
帰るタイミングを逃したみたいに、立ち止まる。
琉夏「……なあ」
ふと、声を出す。
冬星「なに」
少しだけ迷う。
でも。
今日は、少しだけ踏み込む。
琉夏「俺らってさ」
言葉を選ぶ。
ゆっくりと。
琉夏「なんなんだろうな」
ぽつりと落とす。
冬星が、少しだけ目を細める。
冬星「……知らない」
いつもの答え。
でも。
今日は、それで終わらせない。
琉夏「いや、そうじゃなくて」
小さく首を振る。
琉夏「なんかさ」
言葉が、うまくまとまらない。
でも、続ける。
琉夏「いなくても、別にやっていけるじゃん」
静かに言う。
冬星は、何も言わない。
琉夏「でも」
少しだけ、息を吸う。
琉夏「いると、変わる」
その一言で、全部だった。
沈黙。
雨音だけが続く。
冬星が、ゆっくりと口を開く。
冬星「……分かる」
短い肯定。
それだけで、少しだけ救われる。
冬星「別に、いなくてもいい」
続ける。
その言葉に、ほんの少しだけ胸が引っかかる。
でも。
冬星「でも、いた方がいい」
静かに言う。
息が、止まる。
それは。
一番、ちょうどいい答えだった。
琉夏「……それな」
小さく笑う。
少しだけ肩の力が抜ける。
琉夏「名前なんてつける必要、ないか」
ぽつりと呟く。
冬星は、少しだけ考えてから。
冬星「つけたら、変わる」
短い言葉。
確かに、と思う。
恋人とか。
相方とか。
バンドメンバーとか。
どれでも、足りない。
どれでも、違う。
だから。
琉夏「……じゃあ、このままでいいか」
静かに言う。
冬星が、わずかに頷く。
冬星「いいよ」
それで、決まる。
雨が、少しずつ弱くなる。
琉夏「止んできたな」
冬星「だな」
外に出る。
さっきより、静かな夜。
並んで歩く。
距離は、少しだけ近い。
でも。
触れない。
それでいい。
名前なんてなくても。
ちゃんと、特別だから。