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#シリアス
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運動会の翌日
俺の全身は、まるでコンクリートを流し込まれたような筋肉痛に襲われとった。
昨日の激走の代償か。
「…和幸、湿布持ってこい。特大のやつや」
事務所のソファで呻いていると、ひまりが学校から帰ってきた。
ランドセルを放り出すなり、昨日もらったメダルを俺の首にかけてきおった。
「おじさん、お疲れ様。……これ、おじさんにあげる!」
「……ひまり、これはお前が頑張ってもろたもんやろ。ワシが持っとったらおかしいわ」
「うん、でもおじさんにもかけてほしくて」
ひまりの屈託のない笑顔に、節々の痛みも少しだけ和らぐ気がした。
やが、そんな穏やかな午後は、一本の電話で叩き潰された。
『……黒龍院さんよぉ。昨日は随分と仲良し親子を演じてたらしいじゃねぇか』
電話の主は、蛇頭会の幹部・阿部や。
こいつは昨夜の「掃除」でも生き残っとった、執念深いトカゲのような男や。
「……阿部か。ワシの私生活を嗅ぎ回るんは、命がいくつあっても足りんぞと教えたはずやが」
『ひっひっひ。……お前の「宝もん」がどこにあるか、もう街中の連中が知ってるぜ。…近いうちに、挨拶に行かせてもらうわ』
一方的に切られた受話器を、俺は叩きつけるように置いた。
隣で不安そうに俺を見上げるひまり。
俺は瞬時に顔を作り直し、彼女の頭を優しく撫でた。
「ひまり。……ちょっと、和幸と奥で遊んどけ。…また少し『大事な忘れ物』を思い出したんや」
ひまりを奥へ行かせた後、俺は和幸を呼びつけた。
「和幸。……蛇頭会が、ひまりの存在を完全にターゲットにしおった。もう、小競り合いの段階やない。戦争や」
「兄貴……。いよいよ、本気で叩き潰さないと、お嬢に危険が及びますね」
俺は眼鏡を外し、懐から一本の短刀を取り出した。
ひまりに「あたたかい」と言われたその手が、今は冷たい鉄の感触を求めている。
「…ワシが極道を辞めて、あの子の『父親』として生きるためには……。この街の汚れを、ワシ自身の手で根こそぎ刈り取らなあかん」
俺は黒いジャケットを羽織り、事務所の入り口にある、かつて看板がかかっていた跡を見つめた。
そこには何もかかってへん。
やが、俺の背中には、黒龍組の看板以上に重い、ひまりの未来が乗っかっとる。
「…和幸、行くぞ。……晩飯までにケリつけるんや」
外は、血のような夕焼けに染まっとった。
ひまりを守るための牙。
それがどれだけ毒に満ちていようとも、俺は迷わずそれを剥き出しにする。
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