録画を観てる
 
 演劇部の大規模な公演を無事に終えた帰り道のこと。
俺は心地の良い疲労感に包まれながら、舞台上での出来事を反芻していた。照明、暗転、足音、台詞、網膜に焼き付いた全てを身体に染み込ませるように、何度も何度も。
あの舞台の上で交わした視線や言葉が、まだ体の奥でくすぶっている。
終わったはずなのに、まだ終わっていないような、そんな奇妙な浮遊感。
夜道に光る信号の赤が、照明のオレンジと重なって見えてくる。
 信号?
あぁ、そうだ。
 チラリと右の方を見てすぐに後悔した。
信号の横に歩道橋が立っている。
すぐに視線を前に戻す。歩道橋は使わない。信号を待とう。
自然と浅くなっていく呼吸を落ち着けようと深く息を吸い込んだ。少し湿度をもった、仄かに暖かい秋の空気だった。
深呼吸をひとつして顔を上げる。
秋の夜気の向こうに滲む街の灯りが、今までの記憶を呼び起こしていく。
 今年も色々なことがあったものだ。
顧問をはじめとする演劇部全員が各所に頭を下げて、なんとか小規模なホールを借りられたのが梅雨明けの頃。それからSNSや掲示板を活用して地道にイメージ回復に努め、ようやくこの舞台が決まったのだ。
去年のゴタゴタのせいで存続できるかどうかすら怪しかったこの部活が、こうして大きな舞台に出してもらえるまでになったのは奇跡と言っていいだろう。
 ……あの夏のことは、今でも時々夢に見る。
体育館倉庫の、錆びた換気扇。はめ殺しの窓。
事故、と言えばそうだったのかもしれない。
あのときの俺はどうかしていた。
体育館倉庫の中をロクに確認もせずに鍵を閉めてしまった。
夏の暑さと本番直前の焦燥と……あと、有耶無耶になったままの告白のせいで脳味噌がどろけていたに違いない。
本当に俺は阿呆だ。いや、阿呆どころじゃない。
花の中に埋もれた華奢な身体が、「片付けておきます」と笑い、小道具を運んで行く後ろ姿が、告白を受けたときの嬉しそうで、どこか悲しみを帯びた伏し目がちの瞳が、俺を責め立てるように次々と現れては渦を巻き、手足を縛りつける鎖になっていく。
暗くなる脳内を切り変えるために、ギュッと力を込めて目を瞑り、開いた。
 何か、他の話を考えよう。
こんな暗い話なんかずっと、素敵な話を。
 「素敵な話……」
 ふと副部長として部活を支えてくれていた彼女の顔が、頭に浮かんだ。
舞台袖で登場のタイミングを図っていた後ろ姿。照明に反射する艶やかな黒髪。心から楽しそうに演じる彼女の横顔。
演劇部を存続させるために誰よりも気を配っていた彼女の姿が、まるで鎖を融かす炎のように瞼の裏で輝いた。
 彼女は人一倍努力家だった。
いつも一歩引いて周りを見ていた。
 そんな彼女に
突然、ぶつかられた。
 
 何か焦っている様子だったので声をかけようと振り返った。
 「………」
 走り去る背中が、揺れて見えた。
声を掛けたら崩れてしまいそうで、俺は立ち尽くすことしかできなかった。
 
 
 「なんだ、この封筒?」
 いつの間にかポケットの中には封筒が入っていた。中には『親愛なるあなた様へ』と書かれたメモ用紙とUSBメモリ。
 「帰ったらこれ、観てみるか」
 なぜだか、観なきゃ後悔する気がする。
コメント
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先輩ーっっっ! 前回の話と先輩の行動、感情がしっかりリンクしているのがすごい! 普通前回の謎を説明、みたいな形になってしまいがちなのに凹凸噛み合うというか、それぞれのキャラが実在の人物かのように個人としてキャラ立ちしてて良き 歩道橋トラウマの描写が細かくて好き もう1回前回のを読み直して今回を読むとより味があって最高 まさか更新が来るとは思ってなかった、また次更新があるかもしれないから全裸待機しときます